作成者別アーカイブ: 白坂慎太郎

やりたくない時…ライバルは誰?【伏見ひふみ】

こんにちは、伏見です。

文章をご確認下さいまして感謝しています。

ありがとうございます。

 

今回は、「やりたくない時…ライバルは誰?」というテーマで書きます。

 

 

ヤル気になることって難しいと思うのですが、いざヤル気になったとしても、その後の行動を継続していくことって、もっと難しいと思っています。

 

というのも、私は最大のライバルは自分自身だと感じているからです。

 

例えば、ダイエットを例に挙げた時に、ダイエットをした方がいいのは頭では分かっていたとして、

身内、家族、兄弟 友達から言われなくても、やった方がいいと自分で思っていて

 

そして、いざダイエットを始めて、よし!と思っても3日坊主になってしまったり、なかなか続かないという事って、ダイエットに限らず仕事でも筋トレとかでも、そういった経験をした方は多くあると思うんです。

もちろん、私も全然続かないという経験は沢山してきましたが

 

でもそれは、自分自身が「やらなければならない」という事を頭でちゃんと分かっていないから続かないわけではなく、まして気合いが足りないからでもなくて、「やりたくない」という自分自身の心がブレーキをかけているんだと思っています。

 

「やりたくない」と思う理由としては、そのまま頑張り続けたら、自分自身が変わってしまうから。です。

 

「変わりたい」と望む自分と「変わりたくない」と望む自分で

 

綱引きが始まってしまうからだと思っています。

 

そして、大抵の場合は変わりたくない自分が勝ってしまって続かない。そして三日坊主というのを生み出していると思います。

 

もし そのまま頑張り続けたら、間違いなくダイエットに成功したり、仕事での成績が上がったり、挑戦した事を成功に近づけるのは分かっているのに、なぜか自分自身の中に、その頑張りを止めてしまいたい自分もいて、なぜ自分自身を止めてしまうのかというのを、わたし達は自分でもわかってないと思います。

 

自分が頑張れば頑張るほど、もう少しで変われそうになればなるほど、なぜか強くなる、もう1つのなぜか「やりたくない。」そして強くなる「めんどくさい。」という気持ちがあります。

 

頑張って、すぐに結果が出たのなら、まだ自分の頑張りを支えることもできると思うのですが、頑張りと結果の間には良くも・悪くも時間差があるんですよね。

 

ダイエットも筋トレも、1日の頑張りで見た目は全然変わらないですよね?でも、1日1週間1ヶ月1年間 続ける事ができたら、明らかに結果というのを見た目で、見て、分かりますよね。

 

頑張ったにも関わらず報われない結果となってしまった場合は、いよいよ、やりたくないという気持ちの方が優勢になってしまうと思うのですが、

 

もし、やっぱり自分を変えたい。という気持ちが本気ならば、自分ともう1人の自分で行われている綱引き状態にいることに気付くことで、心のブレーキを離すことができると思うんです。

 

人の脳は、基本的にサボる事を考えますので、人は基本的には変化を嫌うんですよね。そして、去年と同じ今年というのを私たちに保たせようとします。

 

でも、そのことに気付くことが大切だと私は改めて思っていて、そこに気付けたのならば、

 

「もしかしたら、このやりたくないという気持ちは、わたし自身の心のブレーキなのかな?」

 

と疑うことができて、

その時は、やりたくなくてもめんどくさくても、気持ちがのらなかったとしても、ブレーキよりもアクセルの方を踏み込んで、行動を思い切り加速させて

 

「変わりたい!」

 

という方向に大きくシフトさせる事が大事だと思っています。

 

そして、基本的にさぼることを考える脳の「やりたくない。」「めんどくさい。」「変わりたくない。」という自分の綱引きに見事勝利していく。

 

これが、行動を継続させる為の私の考えです。

 

坂本龍馬が、こんな風に歴史に名を残したのも、彼はめんどくさい事をやり続けたからだったと思うんです。

 

坂本龍馬って、元々は凄く恵まれた家庭に生まれて何不自由ない生活をしていたんですよね。

 

お金もあったし、もしかしたら家にいた方が発言力もあったかも知れないけど、脱藩という形で家を出て、犯罪者のようになってお金も無くなって、でもそこから日本で初めての会社を作ったり、当時敵だと誰もが思っていた外国人と話し合いをしながらお金をなんとか集めたりして、普通はめんどくさいと思うような事をわざわざ自ら選んで突き進んだからこそ日本が大きく変わっていったんですよね。

 

彼が暗殺されずに明治時代を生きていたらと考えるととても興味がありますが、きっと坂本龍馬は大変なことにでもめんどくさい事でも楽しんで、挑戦していったんだろうなと思います。

 

私が自分がまだまだなので語れるほどではないですが、

 

そんな風に、

 

最大のライバルは自分自身であって、やりたくない自分が強く出て来た時は、自分自身のこれまでの行動を評価し認めたということでもあるので、心がブレーキを無意識にも踏もうとすると思いますが、

 

そのままブレーキをかけたら変わらない自分でいられて、安心を得られると思いますが、

 

今までの自分とは違う自分になる事を楽しみにして、ブレーキではなくグッとアクセルを踏み込めた時に、わたし達はわたし達自身に勝ったことになると思うんですね。

 

そして、今までの自分とは違う自分に初めてなれるんだと思うんです。

 

そもそも、挑戦をしているから止まりたい…進みたい…という葛藤が生まれると思うんです。

 

なので、葛藤しているなと感じた時は自分を「挑戦してすごい!」「偉い!」と褒めて、認めて、自分自身に頑張れ、そして負けるな、と言いながら、まだ発揮出来ていない私たちの潜在能力というのを発揮していけたらと思っています。

 

私も自分に勝って、変化を恐れず、潜在能力を信じて葛藤を楽しみに変えられたらと思っています。

 

今回のお話がらなんらかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。

 

貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。

ありがとうございました!

それでは、また。

伏見ひふみ

運命を変える【伏見ひふみ】

こんにちは、伏見です。

 

文章をご確認下さいまして感謝しています。

ありがとうございます。

 

今回は、「運命を変える」というテーマで書きます。

 

「引き寄せの法則」という言葉はもうずっと流行っていますし、他にも「言葉が運命を決める」とか「思考は現実化する」と言われていますが、この言葉達を以前は私は半信半疑だったんですけど、私が仕事でもプライベートでも「言葉」に気をつける事を意識してから、「このことは間違いなかったな」という確信へと変わっていきましたので、今回このテーマにいたしました。

 

人は、同じ考え方・同じ言葉遣い・同じ行動なら、同じ結果を得ますよね。

 

当たり前のことをなんだか言っていると思われると思いますが、今の結果がもし、満足の行く良い結果であれば、今までと同じ考え方、同じ言動を続ければ、また良い結果を得ることができるんですよね。

 

でも、もし、今の結果を変えたいのなら、まずは、考え方を変える必要があるというふうに改めて思っています。

 

マザーテレサの有名な名言で、

”思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。”

という風に思考→言葉→行動→習慣→性格→運命という順番を説いているんですよね。

 

私はこの名言を知ったとき、すごく衝撃を受けた事を今でも覚えていますし、思考→言葉→行動→習慣→性格→運命という順は真理だと思っています。

 

なので、ネガティブな考え方は、ネガティブな言葉遣いになって、ネガティブな行動となって、ネガティブな結果というのを得ると思うのですが、

 

基本的に人間はネガティブなんですよね。ネガティブなのが普通であって、人間が1日に約6万回もの考え事をするといわれていますが、その中で90%以上がネガティブであるという事が分かっているんですね。

 

なぜ、人は基本的にネガティブなのかというと、テレビから流れてくるニュースで考えると分かりやすくて、ニュースってネガティブなものが多いんですけど、事前に悪いことを想定しておくことで、いざ事態が起きた時の心のショックを和らげる事ができるんですよね。

 

予め悪いことを想定しておけば、仮に実際 悪いことが起きても、心理的なショックが少ないので、ネガティブな考えというのはある意味、自然体なんだそうです。

 

しかし、ポジティブな人というのも居ますよね。もし、近くにポジティブな考え方の人がいるとしたら、その人は考え方に関して努力している人というのも分かってきていて

 

「何かあったら、その事のプラス面の方に注目しよう」

 

と意識的にしていたり、慣れてくると無意識にもポジティブ変換というのが出来るそうですが、出来事の意味をプラスの方に解釈するという努力をしているんだそうです。

 

もし、今の結果を変えたいという気持ちがあった場合に、目の前の出来事の解釈を変えるように心掛ける事がとても大事だなと思っています。

 

私も、全然まだまだなので日常の不足している事を嘆くのではなく、満たされている事に解釈出来るように日々意識をしています。

 

というのも、過去は変えられないですよね

そして、結果というのも変えられないですよね。

 

でも、結果の解釈というのは変えられるんですよね。

 

その体験や出来事から学べたことは何だったんろう?

とか、

 

その出来事で明らかになった課題は何だろう?

とか、

 

考え方を変えられたら、次に言葉遣いを変えてみて、

 

出来るだけプラスの言葉を使う事で、使っている言葉がすぐに現実化するわけでは無いと思いますが、着実に・プラスを引き寄せられる事も分かっています。

 

なので あまり過敏になる必要もないと思うのですが、出来るだけプラスの言葉を使うようにすれば、必然的に物の見方も変わって来ますし、行動も変わってくるんだと思います。

 

1日の終わりとか、その時の出来事に対して

「今日もいい感じだな!」

とか、

「前よりも出来るようになってるな!」

とか、

思考と言葉というのが変わってくると、順番通りに、次に行動が出来るようになるんですよね。

 

この文章を読んでくださっているあなたがおいくつかわからないですが、わたし達大人は、学生の頃と違って仕事や育児の忙しさもあると思うのですが、自分自身の課題を見つめるという時間を設けにくくなっていると思うんですね。

 

私がまだまだなので、全然偉そうなことは言えないのですが、今の自分は過去の結果ですので、私は私の課題っていうのを見つけて精進していきたいと思っていますが、

 

今の感じで順調であればそれを継続して大丈夫だと思いますが、もしも、現状満足がいっていなかったり、変えたいと思っていましたら変えていくというのをしていく必要があると思っていま。

 

言葉でいうのは簡単ですしなんだか当たり前のようですが、実際行動に移すのは難しく、なかなか出来ない事だとも思っています。

 

しかし、目標から逆算して今の行動を見直すという作業は改めて、とても大事であるなとつくづく感じていますのでもし、結果や未来を変えたいのなら、考え方・言葉遣い・行動を変える必要があって

 

結果を出すには、やはりいつも

「思考→言葉→行動→習慣→性格→運命」という順だと感じています。

 

現状維持するのも、進むのも自分自身の心が決めていると思いますし、挑戦するのも自分自身であって、わたし達には選択の自由と決断の自由を持っているんですよね。

 

人間=自由な存在

であるし、

 

自分の選択で自分の結果を選べるんだと感じています。

 

しかし、自由というは責任も担う事でもあるので、責任なき自由は自由ではなくて、単なるワガママになってしまいますので、そうならないように、その結果を自分で背負うという覚悟も同時に決める必要があるとも思っています。

 

プラスの考え方をして、プラスの言葉遣いで、プラスの行動を取り続けたら、プラスの結果を引き寄せるという事

 

これだけは、断言出来ると思っていますので、私も常に私自身の未来をより良くしていくために今の行動を見直していきたいと思っておりますし、この文章が、変化を望んでいる方の少しでも役立つ内容となりましたら幸いです。

 

 

貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。

ありがとうございました!

それでは、また。

伏見ひふみ

時代の変化をキャッチする【伏見ひふみ】

時代の変化をキャッチする

こんにちは、伏見です。

 

文章をご確認下さいまして感謝しています。

ありがとうございます。

 

今回は、「時代の変化をキャッチする」というテーマで書きます。

私自身が、常識にとらわれないという事が重要だと感じていますので、今回このテーマにいたしました。

 

いきなりですけど今って、少子化ですよね。

日本の始まりを何時代からと定義するかはともかく、仮に縄文時代からと考えてみても、過去1万2千年間でみても、日本の総人口が減少傾向な現代は、歴史上初めてのことです。

 

過去の常識は一切通用せずに、誰にも答えの分からない、とても不確実性の高い社会に生きていることになるんですよね。

 

なので、仕事にしても子供達の教育にしても過去の常識が通用しなくなりつつあるという状況を理解することが大切だと感じています。

 

わずか今からわずか20年前は中学生で浪人して、もう1度高校受験をするという選択肢も多くの人の選択肢の中に入っていたと聞いています。

 

しかし今は全く違うと思います。

 

なぜかというと、高校ではなく大学すら行くのが当たり前の雰囲気の世の中に変わってしまっているからですよね。

 

高校受験の倍率が高かった10年くらい前まではギリギリで、受験をなめさせない。とか、受験というのは高いハードルであるように子どもたちに感じさせて、保護者の不安を煽って、気合いとか根性とかで頑張りを期待する。

 

みんながそんな雰囲気でいる中に、私も中学の受験の時はそこにいて、同じような体験をしてきました。

 

しかし、当時の私でも、大人の言う事は正しいし常識だけど、そうかもしれないと、頭では分かっていても、

 

何かがオカシイ。と腑に落ちずにいました。

 

しかし現代では同じ中学3年生でも、10年前の中学3年生とは驚くほど違うそうなんです。

 

今の子たちは、受験生でもテレビは見るし、ネットサーフィンをするし、音楽を聞たりと娯楽の時間が多いそうなんです。

 

その光景は、保護者からして信じられないようですが、普通に広がっているという事です。

(私もまだ自分の子供達が小さいので、その時が来たら、私もそう思ってしまうのかもしれませんが)

 

「うちの子だけ不真面目・・・」というわけではなくて、ほぼみんな同じようなことをしていて、保護者や大人たちはこの光景を見て、子ども達は自分達大人よりも劣っているように感じがちですが

 

でも、これは時代が「変化」していることによって起きている事であって、善いとか悪いとかの問題ではないんですよね。

 

むしろ私たち大人よりも子ども達の方が、時代の「変化」に敏感であると思いますし、

素直だと思うのです。

 

というのも、一見不真面目に見える子供達は家庭のことや社会のこと、自分自身のことを冷静に、常識にとらわれずに真面目に真剣に考えられていることがあったり

 

逆に、大人の言われたとおりに、言われたままに行動するいわゆるいい子は、実は何も考えていなくて表面上だけいい子を演じているという事も少なくないそうなんです。

 

今、歴史上はじめての不確実な現代社会の中で、子供達は素朴な疑問を抱いていたりするんですよね。

 

「何のために勉強するんだろう?」と。

私でさえも、勉強が好きでは無かったですし、夢も特に抱いたことがなかったので、中学、高校生の時にこの疑問を抱いていました。

 

今の勉強は、

いい会社に入るための勉強なのか??

(大企業に入社さえすれば将来安泰なんて、今の子供達は感じていません。)

 

いい大学に入るための勉強なのか??

(昔は大学に入るのが難しかったですが、今は選ばなければ誰だって大学生になれます。)

 

では、「なぜ高校に行くのか??」

 

もし、私が自分の子供達にこう質問をされたら何と答えたらいいか今はわかりません。

真剣に向き合える自信がないんですよね。

 

今までの常識では、「行くのが当たり前」だったから、そう伝えていたと思います。

 

そして、そう伝えていれば子どもたちだって高校は行くのが当たり前と思うと思います。

 

でも、高校は高等学校ですから、本来であれば中学よりも高等な学問をしに行くためのはずですが、

半数の中学生は中学生範囲の半分もしっかりと理解しないまま高校に進学していくのが現実なんですよね。

 

子供達の中で、自分の気持ちに正直な子たちは、自分にとっての答えを一生懸命に探し続けています。

 

大人のいう通りにしているかどうかは別問題であるし、

 

大人の側でさえも不確実性の高い社会での明確な答えは持っていないんですよね。

 

しかし、そんな事を考えている私も今は子供が2人いて、何の心配もなく子供達が大学へ行けるように…と、とりあえず将来のためと思って積み立てをしております。

 

今までの過去の常識や子供が生まれた時に自動的に入ってくる情報の方に敏感になってしまいがちですし、子供たちのなんのための勉強なんだろう?と思ってはいても、私のように将来のためにとなんとなく今までの常識へ戻るように、過去のレールにまたレールを繋げてしまっているような気がしています。

 

そして私が思っていることを、きっと多くの子育て中のパパママも同じような事を思ったことがあるのではないかと思います。

 

しかし、子供達はきっと

スマホやパソコンが好きな子は情報科へ、

お洋服が好きな子はファッション科へ、

看護がしたい人は看護科へ

進学を希望するだろうし、

 

その子たちの成績も、学校の序列も関係なく、こどもたちの方が時代の変化に敏感である事を理解して、

 

そういう「自由」と「責任」の時代に入った中で、従来型の常識を押し付ける様な教育が限界を迎えつつあるのは、むしろ自然な流れですし、

 

仕事でも教育でも子育てでも従来は有効であった手法も、通用しなくなりつつあると感じています。

 

高度経済成長の時代はもうとっくに終わっていて、モノや情報に溢れていますので

 

「物の時代から、愛の時代へ」

とも言われていますよね。

子ども達が反抗する時は、きっと正直であることの証拠だと思いますし、子ども達が自主性を持って勉強に取り組んで、自らの興味関心の高い分野の学びを探しながら成長して、自分の使命や夢を模索し続ける。。。

 

そういう、片方では「自由」もう片方の面では「責任」という2つ1セットの時代に既に入っているということで

 

変わらないといけないのは、子どもたちではなくて大人の古い価値観と常識なんだと改めて感じています。

 

子ども達の将来の成功や幸せを願うからこそ、私たち大人が真摯に・謙虚に時代に、子供達に、向き合っていかないといけないなと思っています。

 

私も子育てや仕事において今の時代に合っているかどうか?と言うところはアンテナを張って今後も意識し続けていきたいと思っています。

 

今回のお話がらなんらかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。

 

時代の変化をキャッチする

貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。

ありがとうございました!

それでは、また。

伏見ひふみ

縁起【伏見ひふみ】

こんにちは、伏見です。

 

文章をご確認下さいまして感謝しています。

ありがとうございます。

 

今回は、「縁起」というテーマで書きます。

 

 

私事ではありますが、先週末、友人の結婚式にお招きいただき行ってきました。

友人との出会いは中学で、同じ部活に入り、意気投合してすごく仲良くなりした。

中学3年の時は受験勉強の為に同じ予備校に通って、予備校のあとは一緒にラーメンを食べに言ったり公園で話したり、別々の高校へ行くことになりましたが、中学時代にそんな濃い付き合いをしました。

 

彼女はもう長く海外で生活をしていて、なかなか簡単には会えなくなってしまったのですか、地元が一緒という事もあり、帰国すれば連絡をくれ、私達の親同士も仲が良いので、近くにいるような感覚を覚えましたし、遠く離れていても、それぞれが全く違う生活をしていても、中学時代から計算するともう早18年19年が経ちますので、月日の流れの早さを感じたりもしましたが、こうして今もなお、変わらぬお付き合いをさせていただいていることに有り難さを感じました。

 

本当に素敵な結婚式でした。

 

前置きが長くなってしまいましたが

今回のテーマの「縁起」ですが、

「縁起」と言う言葉は多くの方がご存知だと思います。

 

「天地宇宙の全ての事象は縁によって起きている」

と、釈迦が2600年前に悟った真理ですよね。

 

シンプルなようで、すごく深い言葉ですよね。

 

縁っていうのは確率的には奇跡の連続であって、

例え、それが偶然に見えたとしても、全ては必然によって起こっているという事です。

 

例えば

その人との関係を切りたいと思ったとしてもなかなか切れなかったり、逆に、切りたくないと思った相手と、いともたやすく切れてしまったりすることもあるかと思います。

 

縁とは、本当に人の知を超えた事象なんだなぁと感じていますし

まさに、縁起という字の通り、縁によって起こっていると感じています。

 

なので、世の中に偶然はないですし、世の中は必然なんですよね。

 

その出会いを貴重な縁に変えていけるように、

 

目の前の相手を喜ばせることに全力を注げられたのならば、小さな一つの出会いは濃い縁へと変えることが出来ると思っています。

 

お釈迦様は釈迦族の王子として生まれて

老人や病人、死人に会っていく中で

「人は老いるし病気になるし死ぬ。生きるために伴う苦しみを乗り越える術はないか」という風に考えて、そんな時に、ある修行僧に出会って、自分の妻子を残して出家を決意したんですよね。

そして苦行をして瞑想をして35歳の時に悟りを開きますよね。

 

そして、縁起について

物事はすべてお互いに関係しあっている。という上で、

生まれたものもいつかは死ぬ。若者も老いるし病気になる。

そして愛し合う者たちにも、いつかはいろんな形で別れが来る。

これは人間の多くの苦しみを生み出す原因であり、このように物事はお互いに関係しあっている。

という風に「縁起」を悟ります。

 

少し寂しいように感じてしまいますが、反対に

「縁起が良い」という言葉も、まさにこの事だと思っています。

 

私、個人的になのですが、

【目の前の相手の自己重要感を高めること】を対人関係の基本的な考えにしていけたらいいなと改めて感じました。

 

一つの出会いに感謝する。

素直な気持ちでありがとうを伝える。

 

シンプルですが、長い人生の中で最も大切なことだと感じています。

人生における大切なことっていうのは、言葉にするととても簡単なことばかりですが、これを実際に行動に移せているかどうかで大差が出ると感じています。

私も引き続き自己磨きをしていこうと思っています。

 

私も正式に仏様の教えを学んだわけではないので、あまりエラそうなことはいえないのですが、今回は縁起について、自分の解釈にて自分が感じた事、改めて思ったことをお伝えさせて頂きました。

 

 

今回のお話がらなんらかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。

 

貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。

ありがとうございました!

それでは、また。

伏見ひふみ

やる気が出ない時の対処法【伏見ひふみ】

こんにちは、伏見です。

 

文章をご確認下さいまして感謝しています。

ありがとうございます。

 

今回は、「やる気が出ない時の対処法」というテーマで書きます。

仕事でも家事でも勉強でも、やる気をずっと持続させるってムズカシイですよね。

 

と言うよりも、常にやる気100%でいる事とか不可能ですよね。

 

すごくヤル気のある人って居ると思うのですが、そんな人でも、常にずーっと100%ポジティブという訳ではなくて、その人にヤル気のエネルギーがあればあるほど、その人が落ち込んだ時のエネルギーも同じように大きいですし

 

反対に常に冷静な人もいると思うのですが、常に冷静な人って、あまり落ち込まない分、簡単には喜べない性質だなあと感じています。

 

要するに、ポジティブとネガティブは別物ではなくて、2つで1セットだと思っています。

 

何故、人はやる気が出なくなるかと言うと、例えば勉強など頑張っていたとしてテストで悪い点を取ってしまって努力が結果として報われなかったりすると、やる気はどんどん下がっていくそうなんですね。

 

逆に、努力とか頑張りが報われればやる気もどんどん出てモチベーションも上がって実際能力も高くなったりするのですが、

 

傷つかない・無気力にならない方法と言うのもあって、それは挑戦しないこと。行動しない事で、挑戦したり行動を起こさなければ何も起きないので当然傷つかないですし、無気力になる事もないのですが、そうならない様にしたいですよね。

 

それが今回のテーマなのですが、

 

すぐにやる気を出すとかモチベーションを上げると言うのは簡単ではないですが、やる気スイッチっていうのは背骨にあることがわかっていて、姿勢を良くする事・背骨がマインドセットを操っていると言われているので、私も気分が乗らない時は意識的に姿勢を良くしていますが、姿勢を良くする事はやる気を出したい時に効果があると感じています。

 

あとは、休むことに集中する事も気持ちの切り替えになって良いと思いますし、やる気に対してのアプローチ方法は色々あると思うのですが、今回は受け入れて・待つというシンプルなお話をさせていただきたいと思います。

 

心臓も、膨張と収縮の繰り返しで、ずっと膨張し続けるということはあり得ないですし、呼吸も、吸って・吐いてを繰り返していますよね。

 

何が言いたいのかというと、もしも精神的に辛いなぁと感じる時があった場合に、それは心臓で言うところの膨張の後にくる縮小という事であるし、呼吸で言うならば息を吐いた後に来る吸う方が来ている。ということなんですよね。

 

これはごく・ごく自然な繰り返しの状態ですし、やる気も同じことが言えると思っていて、やる気を続けられなくて、無気力さに嫌悪感になる事って多くの方が経験したことがあると思うんですけど、そのことに対して自分を責めたり、情けないと思う必要は全然なくて

 

凹んだり落ち込んだりする自分を全部含めて、正直に・素直に自分自身を認めてあげる。自分の全部を許してあげる。そしてまた進んでいくという、どんな自分も認めるという意識を持つことが大事だなと思っています。

 

というのも、自分が凹んでいて、だれも立ち直してくれなかったら辛いですし、誰かの有難い励ましの言葉も時には心に響かなかったりする事だってあると思うんです。

普通に見えても、各家庭、個人、人それぞれ、大なり小なり何かしら問題を抱えていると思いますし、それが大きな悩みでも小さな悩みでも、本人からしたらそれが今の自分の最大の悩みなので、たとえすごく親切な人に解決策を考えてもらえたとしても「そんな簡単に言わないでほしい」と思うこともあるかも知れませんし、共感されてスッキリすることもあると思いますが「全てを分かってもらえない」と思うこともあるかと思うんです。

 

一人一人、抱えた悩みっていうのは100%の共感はムズカシイと思いますし自分にしか分からない繊細なものだと思います。であれば、自分のことは一番自分が分かっているので、自分で自分をケアすることも大切だなあと感じるんです。

 

そして、時には時間しか解決してくれないこともあるんですよね。

 

そういう時は、時間に任せるっていうのもいいと思うんです。

 

心臓は膨張し続けることは出来ないのと同じで 縮小し続けることもできなくて

息も吐き続けることが出来ないように、吸い続けることも出来ないです。

 

なので、ヤル気っていうのは、無理に気合いとか根性とかを入れなくても、いろんな自分を受け入れて・そんな自分を認めてあげて、そして冷静な心のもとに待っていれば自然と回復の方向へ向かって行くようになるんですよね。

 

そして、

上手くいかないこととか楽じゃないこと

簡単に叶わない夢や手に入りにくいもの

 

そこに挑戦するからこそ 価値があり、やり甲斐も感じられると思います。

 

でも、どうせ同じやるんだったら、その願望や夢実現への旅路を、辛く苦しいものではなくて、ホンの少しでも楽しく歩いていけるように出来るのも、また自分次第だと思うので、そんな考え方が出来たらいいなと思いますし、そんな感じに自分の全てを受け入れながら、前に進むことができたのなら、一生懸命に頑張る心の浮き沈みを、少しは安定しやすく出来るのではないかなと思っています。

私もまだまだ勉強中ですが、やる気へのアプローチを その時の自分にしっくりくるものを選びながら前向きに突き進んでいきたいなと思っています。

 

今回のお話がらなんらかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。

 

貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。

ありがとうございました!

それでは、また。

伏見ひふみ