タグ別アーカイブ: ご縁

大切な人って?【伏見ひふみ】

伏見ひふみ

 大切な人って? こんにちは、伏見です。   文章をご確認下さいまして感謝しています。 ありがとうございます。   今回は、「大切な人って?」というテーマで書きます。   まず、量っていうのは数字で測れますよね。持っている名刺の数とか携帯に登録されている人数とかで目に見えてわかると思うのですが   でも、質は測ることが出来ないですよね。質っていうのはお互いに相手を大切に思ったり、信頼する気持ちの深さだと思うので、そう考えると目には見えないですよね。   信頼以外にも、目に見えないもので、愛とか友情とか恋っていうのがあると思います。   全ての物事には良い面と悪い面の両面があって、全てに一長一短がありますので、量も大切だし質も大切だと思っています。   基本的には、目に見えるものも、目に見えないものも、どちらも大切だと思っています。   でも、目に見えないものというのは、意識を向けなければ気付けないことが多くて、その大切さというのを忘れがちになってしまうと思うんです。   意識を向けないと忘れてしまいがちなので、なにかきっかけがあって初めてとか、改めて思い出すことが多いのではないかなと思うんです。   そして、自分にとって本当に大切な人っていうのは、自分が幸せになったり成功したときにも、同じように喜んでくれたり幸せに感じてくれたり、逆に自分が何かの危機に陥ってしまった時でも同じ気持ちになって共感してくれたり、信じてくれたり励ましてくれたり、それまでと変わらない関係で、自分を信じてくれる人だと思うんです。   そういう人は、本当に大切にしなくちゃいけないなと改めて感じています。   自分が成功している時って、まだ私にはわからない世界ですが、おそらくきっと多くの人が周りにいると思うんです。 そもそも成功するには成功する人の人柄が重要になってくるとは思うので、周りも同じような素敵な方が集まってくるのかなとは思うのですが、   どの人も皆、自分にとって大切な人のように見えるかもしれないけど、いつも必ずしもそうではなくて、自分にとって本当に縁がある人と、縁があるように「見える」人がいて、   目の前の人が自分にとって本当に縁がある人だと気付けるのはどういう時なんだろうと考えた時に、きっとそれは自分が人生の最も辛い状態にいる時・どん底にいる時になんだと思うんです。   自分がどん底の時に離れていってしまう人って、やはりそれだけの縁だったという事ですよね。縁があったように見えて本当の縁では結ばれていなかった人であって、   成功者に近づいてくれたのは、成功者に附着していた地位や名誉に付いてきていた人であって、その人そのものに付いた人ではなかったんだと思うんです。   地位や名誉とかお金とか、あらゆるもの全部失った時でも共感してくれて、信頼してくれて、変わらずに応援してくれる人がわたし達にとって本当に大切な存在なんだと思っています。   もし、そういう人がたとえ1人でも近くにいるのであれば、その人とのご縁はしっかりと握りしめて、その人のことを一生裏切ってはならないと感じています。   お金が持つ本来の価値の、それ以上に見えてしまっている金融資本主義の世の中で、私も気を付けなければならないと思っているのですが、損得感情だけで動いてしまうようになっては、自分の心は大切なことを忘れてしまうんだと思います。   確かにお金も大切ですよね。娯楽に使うのも、健康に使うのも、思い出に使うのも、毎日の生活に使うのも、いろんな面でお金って切り離せないですしお金は常にかかりますので、お金に善悪はないですが、お金だけのために生きているわけでもないんですよね。   わたし達にとって本当に大切な人っていうのは、わたし達が苦境に立たされた時にも、今までと変わらずに、自分に共感をしてくれて、励まし、信頼し、応援してくれる人なんだと思います。   人生のどん底を考えた時に、誰の顔が思い浮かんだのか?その方と、ご無沙汰していないか?不義理を働いていないか?というのは、私も意識的に思い出していきたいと思っています。   そして、金融資本主義っていうのは確実に今は崩壊に向かっていて、   テレビのCMを見てもよくわかりますが、 競争から、調和の時代。 ロジックから、直感・感情の時代。 知識や技術から、愛や心の時代。 という感じにだんだんと移行しているんですよね。   そんな時でもありますので、自分にとって本当に大切な人というのは自分に価値を与えてくれて、自分にとってかけがえのない財産だとおもいますので、   財産のような人が沢山はいなくても、たった1人でも居てくれたら、自分はその人にためにも生きていると思えたら、それだけで生き方として満点だと思うんです。   わたし達一人一人には他の誰と変わることのできない貴重な価値があって「自分にとって大切な人」というのをいつもとは言わなくても、時々でも、一瞬でも思い出せたら、   ちょっとずつ、少しずつ、確実に、毎日がより良い日々になっていくんだと思っています。   今回のお話がらなんらかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。    大切な人って? 貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。 ありがとうございました! それでは、また。 伏見ひふみ続きを読む

縁起【伏見ひふみ】

伏見ひふみ

 縁起 こんにちは、伏見です。   文章をご確認下さいまして感謝しています。 ありがとうございます。   今回は、「縁起」というテーマで書きます。     私事ではありますが、先週末、友人の結婚式にお招きいただき行ってきました。 友人との出会いは中学で、同じ部活に入り、意気投合してすごく仲良くなりした。 中学3年の時は受験勉強の為に同じ予備校に通って、予備校のあとは一緒にラーメンを食べに言ったり公園で話したり、別々の高校へ行くことになりましたが、中学時代にそんな濃い付き合いをしました。   彼女はもう長く海外で生活をしていて、なかなか簡単には会えなくなってしまったのですか、地元が一緒という事もあり、帰国すれば連絡をくれ、私達の親同士も仲が良いので、近くにいるような感覚を覚えましたし、遠く離れていても、それぞれが全く違う生活をしていても、中学時代から計算するともう早18年19年が経ちますので、月日の流れの早さを感じたりもしましたが、こうして今もなお、変わらぬお付き合いをさせていただいていることに有り難さを感じました。   本当に素敵な結婚式でした。   前置きが長くなってしまいましたが 今回のテーマの「縁起」ですが、 「縁起」と言う言葉は多くの方がご存知だと思います。   「天地宇宙の全ての事象は縁によって起きている」 と、釈迦が2600年前に悟った真理ですよね。   シンプルなようで、すごく深い言葉ですよね。   縁っていうのは確率的には奇跡の連続であって、 例え、それが偶然に見えたとしても、全ては必然によって起こっているという事です。   例えば その人との関係を切りたいと思ったとしてもなかなか切れなかったり、逆に、切りたくないと思った相手と、いともたやすく切れてしまったりすることもあるかと思います。   縁とは、本当に人の知を超えた事象なんだなぁと感じていますし まさに、縁起という字の通り、縁によって起こっていると感じています。   なので、世の中に偶然はないですし、世の中は必然なんですよね。   その出会いを貴重な縁に変えていけるように、   目の前の相手を喜ばせることに全力を注げられたのならば、小さな一つの出会いは濃い縁へと変えることが出来ると思っています。   お釈迦様は釈迦族の王子として生まれて 老人や病人、死人に会っていく中で 「人は老いるし病気になるし死ぬ。生きるために伴う苦しみを乗り越える術はないか」という風に考えて、そんな時に、ある修行僧に出会って、自分の妻子を残して出家を決意したんですよね。 そして苦行をして瞑想をして35歳の時に悟りを開きますよね。   そして、縁起について 物事はすべてお互いに関係しあっている。という上で、 生まれたものもいつかは死ぬ。若者も老いるし病気になる。 そして愛し合う者たちにも、いつかはいろんな形で別れが来る。 これは人間の多くの苦しみを生み出す原因であり、このように物事はお互いに関係しあっている。 という風に「縁起」を悟ります。   少し寂しいように感じてしまいますが、反対に 「縁起が良い」という言葉も、まさにこの事だと思っています。   私、個人的になのですが、 【目の前の相手の自己重要感を高めること】を対人関係の基本的な考えにしていけたらいいなと改めて感じました。   一つの出会いに感謝する。 素直な気持ちでありがとうを伝える。   シンプルですが、長い人生の中で最も大切なことだと感じています。 人生における大切なことっていうのは、言葉にするととても簡単なことばかりですが、これを実際に行動に移せているかどうかで大差が出ると感じています。 私も引き続き自己磨きをしていこうと思っています。   私も正式に仏様の教えを学んだわけではないので、あまりエラそうなことはいえないのですが、今回は縁起について、自分の解釈にて自分が感じた事、改めて思ったことをお伝えさせて頂きました。     今回のお話がらなんらかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。    縁起 貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。 ありがとうございました! それでは、また。 伏見ひふみ続きを読む