作成者別アーカイブ: 白坂慎太郎

わかりやすく伝える方法

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

まず、

 

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さて、

 

わかりやすく伝える方法

 

「どうすれば、人に『わかりやすく』伝えられるのでしょうか?」

簡単です。

 

 

自分が【本当に】分かっていることだけを伝える

 

 

たとえば、話が分かりにくい人がいるとします。

なぜ、その人の話は分かりにくいのでしょうか?

簡単です。

 

 

話している本人でさえ、よく分かっていないから

 

 

話が分かりにくいのは、聞き手の方に読解力が足りないからではありません。

違います。聞き手ではなく話し手の方に原因があります。

話し手自身でさえよく分かっていないことを話しているから、その人の話は分かりにくいのです。

 

「何か新しいことを言った方が良いんじゃないか!?」とか、

「何かカッコイイことを言った方が良いんじゃないか!?」とか、

「何か凄いことを言った方が良いんじゃないか!?」とか、、、

 

そういう気持ちがあるから、話が分かりにくくなっているだけです。

本当は自分自身でさえよく分かっていないのに、「何かで読んだことがある」とか、「どこかで聞いたことがある」とか程度の話をしようとするから分かりにくくなってしまう。なぜなら、読んだことはあっても、本当はよく分かっていないから。聞いたことはあっても、本当はよく分かっていないから。

 

 

自分自身がよく分かっていないことを話せば、分かりにくい話になるのは当たり前です

 

 

反対に、

もし話が分かりやすい人がいたとしたら、その人は、

 

 

【本当に】よく分かっていることだけを話している

 

 

ただ、それだけ。

人の理解には3段階があります。

すなわち、

 

(1)聞いたことがある(今は内容を覚えていない)

(2)知っている(今も内容を覚えている)

(3)分かる

 

 

もし話が分かりにくい人がいたとしたら、その人は2段階目の「知っている」と3段階目の「分かる」の区別がついていないだけ。日本語であれば、1回、読めば分かったような「気」はします。1回、聞けば分かったような「気」がします。しかし、それは【本当に】分かっているわけではありません。それは、単に知っているだけ。分かってはいません。

 

 

「いやぁ〜、頭では分かっているんだけど、なかなか出来ないんだよね」

 

 

嘘です。

完全に嘘をついています。その人は分かっているけれど出来ないのではありません。

分かっていないから出来ないのです。人は【本当に】分かっていることであれば必ず出来ます。

 

「いやぁ〜、頭では分かっているんだけど、なかなか呼吸が上手く出来ないんだよね」

「いやぁ〜、頭では分かっているんだけど、なかなか心臓が上手く動いてくれないんだよね」

「いやぁ〜、頭では分かっているんだけど、なかなか胃が上手に消化してくれないんだよね」、、、

 

これらの日本語がどれほどオカシイかはすぐに分かると思います。

人は、誰でも簡単に、呼吸をしています。心臓を動かしています。胃を使って消化しています。

そこには何の努力も・根性も・気合も入っていません。なぜでしょうか?簡単です。

 

 

人は【本当に】分かっていることであれば、簡単に出来るから

 

 

出来ないということは、分かっていないということです。

日本語だから1度、聞けば分かったような「気」になっただけ。日本語だから1度、読めば分かったような「気」になっただけ。

 

 

「あぁ、それ知ってるよ」

 

 

知っていることには価値がありません。価値ゼロです。知るだけでいいのであれば、インターネットを検索すれば、地球上の砂よりも多い情報を無料でどれだけでも知ることができます。夢を叶えるために大事なのは、どれだけたくさん知っているかではなく、

 

 

「いかに【本当に】分かっている知識を1つ増やすか?」

 

 

わかりやすく伝えるなんて簡単です。

自分がよく分かっていないことは黙っておいて、【本当に】よく分かっていることだけを言うようにすればいいだけ。言い方を変えるならば、自分が実際に「出来る」ことだけを伝えるようにすればいいだけ。もし、自分が【本当に】出来ることであれば、【本当に】わかっています。【本当に】わかっていることだけを伝えるようにすれば、

 

誰でも簡単に「わかりやすく」伝えることが出来るようになっています

 

わかりやすく伝える方法

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

追伸:

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人前で話すのが苦手な原因

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

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さて、

 

人前で話すのが苦手な原因

 

人前で話すのが苦手な原因、、、

これは簡単です。一言です。

 

 

学校教育を受けたから

 

 

学校教育というのは、人の本能を矯正しようとする教育を行っています。

だから、人は基本、何か行動をすれば失敗する方が当たり前なのに、「失敗してはいけません」と指導されます。人は基本、他人には興味・関心がないのに、「お友だちが発表している時は、静かに黙って聞きましょう」と指導されます。

 

こういう人の本能と逆のことを、小学校6年、中学校3年、高校3年、、、と合計で12年間も指導されていたから、人前で話すのを苦手だと感じているというだけ、です。

 

・頭の中に「失敗してはいけない」という観念があるから、「一字一句、正しいことを話さなければならない」と思ってしまうわけです。完璧な言葉を話さないといけないとなったら、誰だって話しにくいです。最終的には、官僚たちの国会答弁のように、事前に準備した原稿をただ・ただ読み上げるだけになります。

 

・頭の中に「自分が何かを話せばみんなが自分の話を聞く」という観念があるから、「いかにみんなが満足するような話をするか?」という考え方になってしまうわけです。人前で話すことのハードルを自分で勝手に上げてしまっています。自分が何かを話せばみんなが自分の話を聞いてくれたのは、学校の中だったから。先生が「お友だちが発表している時は、静かに黙って聞きましょう」」と指導していたから。社会に出たら、

 

 

誰一人として自分の話なんか聞いてくれない

 

 

・学校はクラスという閉じられた空間です。社会は地域に広がっている空間です。

・学校は教師が生徒たちみんなを強制する空間です。社会は誰もみんなを強制しません。

だから社会の中だったら、みんなが本能のままに好きに過ごしています。ゆえに、

 

 

誰一人として自分の話なんか聞いてくれない

 

 

・誰も他人の話なんか聞きたいなんて思っていません。

 もし誰かが話をしていたらその他人の話なんか聞かずに、「自分の番が回ってきたら、自分は何を話そうかな・・・」と自分自身のことを考えています。

 

・誰も他人の歌なんか聞きたいなんて思っていません。

 もし誰かが歌っているとしたらその他人の歌なんか聞かずに、「自分の番が回ってきたら、自分はどの曲を歌おうかな・・・」と自分自身のことを考えています。

 

・誰も他人のダンスなんか観たいなんて思っていません。

 もし誰かが踊っているとしたらその他人のダンスなんか見ずに、「自分の番が回ってきたら、自分はどうやって踊ろうかな・・・」と自分自身のことを考えています。

 

 

誰一人として自分の話なんか聞いてくれないのに、いざ自分が話せばみんなが聞くと思ってしまっている

 

 

これは学校教育が与えた自意識過剰です。今の自由な現代社会、無視されるのは簡単。目立つのは恐ろしいほど難しい。たとえ、自分自身が「さすがに、これを言ったらは恥ずかしいだろう・・・」と思うようなことの100万倍、恥ずかしいことを自己開示したとしても、、、、

 

 

社会の中では何も起きない

 

 

一字一句、正しいことを話さなければならないと思っているから話すのが難しくなっているわけです。

自分が話せばみんなが聞くと思っているから話すのが難しくなっているわけです。

 

たとえ、どれだけ間違ったことを言ったとしても、誰も気づきもしないという現実を知っていたら話すのなんて楽勝です。どうせ自分が一生懸命に話をしても、誰も聞いていないのだから好きなことを話せばいいだけだと分かっていたら、話すことなんて楽勝です。

 

 

喫茶店だろうが居酒屋だろうが、、、至る所で人は雄弁に語っています

 

 

聞くのは難しいです。なぜなら、人は他人に興味・関心がないから。自分が興味・関心がない相手の話を辛抱強く聞くというのは、これは難しいです。しかし、話すのは簡単です。自分が今思っていること、自分が今考えていることを話すことなんて楽勝です。町中、至る所で、人は話をしています。それを、そのまま

 

 

どんな場所でもすれば良いだけ

 

 

講演だろうが、セミナーだろうが、動画の収録だろうが、、、いつも喫茶店や居酒屋でやっているように、「普通に」話せば良いだけ。どうせ99%の人は聞いていませんから。100人とかの聴衆の中で、本当に一人とか二人とかぐらいの人だけが、やや前傾姿勢で、うなづきながら話を聞いている、だけ。だったら、その自分の話を熱心に聞いてくれている

 

 

その人、たった一人を見ながら話をすれば良いだけ

 

 

「1対多」を意識するから、いつもとは違う心理的状況をわざわざ自分で作ってしまうのです。人は誰しも喫茶店や居酒屋では、「もう結構です」というくらい雄弁に語っているのですから、それをそのまま他のところでもやれば良い。自分の話を聞いてくれる、たった一人の人に対して、いつも通り、自然体で、そのまま話せば良い。話すことなんて楽勝です。

 

誰でも簡単に人前で話せるようになっています。

 

人前で話すのが苦手な原因

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

追伸:

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投資の極意とは?

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

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さて、

 

いただいたメッセージを1通、、、

>「家族やまわりの人や世界の宝の子どもたちにもっとしてやりたいことがありますので、もっともっともーーーっと稼ぎたいとおもってまーす(*^▽^*)

そんなことをいつも考えているなか、時間に関する動画をYouTubeで拝見し、白坂慎太郎先生を知りました。素朴で誠実な印象をうけました。シンプルだからこそ、先生の中身が際立って見えました。

投資の話では、結婚に例えてくださるのが分かりやすすぎて、細やかな例え話などがリアルで、先生の結婚話を投資に例えてるんだっけ?と錯誤したり、少しププと笑ってしまいたした。が先生のお話は本当に面白くて、実感のあるお話だとおもいます。個人的に時間を節約し、稼げる投資などについて学びたいです。」

 

 

投資において最も重要なことは、

そもそも

 

 

自分は投資家であるというセルフイメージです

 

 

もしかしたら、株を買ったり・土地を買ったりしている人たちだけが投資家というイメージがあるかもしれません。「あの人たちは株を売り買いしているから株式投資家だ」とか、「あの人たちは土地を売り買いしているから不動産投資家だ」とか、、、

 

そういう物の観方をしていると、「では、何に投資するのが良いのだろう??」という考え方になりがちです。「株が良いんですか?債券が良いんですか?」とか、「A企業の株とB企業の株のどちらが良いんですか?」、、、とか「何に投資をするか?」という投資商品に囚われてしまうわけです。

 

しかし、そもそも「自分は投資家であるというセルフイメージ」を持っていない人は、何に投資をしても結局は上手くいかなくなります。逆に、「自分は投資家である」というセルフイメージを持っている人は何に投資をしても結局は上手く行かせます。債券だから上手くいったとか、株だから上手くいったとか、不動産だから上手くいったとかではなく、債券も株も不動産も、、、全部、上手く行かせます。なぜなら、

 

 

結果の80%は、その人の【考え方】が創るから

 

 

本当は、ありとあらゆる全ての人が投資家です。自分の大事な時間とお金を「何に投資すれば最高の人生になるか?」をやっている投資家です。本当は投資家であるにもかかわらず、「自分は投資家である」というセルフイメージを「持っている人」と「持っていない人」がいるというだけ。

 

・私は主婦です

・私はパートです

・私はアルバイトです。

・私は公務員です。

・私はサラリーマンです。、、、

 

こういうセルフイメージを持っている人が投資をやっても上手くいきません。セルフイメージが投資家ではないのに投資をやっても上手く行かないのです。そうではなくて、

 

・私は投資家ですが、仕事として今は主婦をやっています

・私は投資家ですが、仕事として今はパートをやっています

・私は投資家ですが、仕事として今はアルバイトをやっています

・私は投資家ですが、仕事として今は公務員をやっています

・私は投資家ですが、仕事として今はサラリーマンをやっています、、、

 

という方であれば、投資は上手く行くようになります。

セルフイメージは投資家、しかし、今やっている仕事は主婦・パート、、、。こうやって「自分自身」と「今やっている仕事」を切り分けて考えることができる人は投資をやってもやがて上手くいくようになります。繰り返しになりますが、ありとあらゆる人は、

 

 

「自分の大事なお金と時間を『何に』投資すれば最高の人生になるか?」という投資家である

 

 

ということ、です。

たとえば、結婚も当然ですが投資です。

 

「自分の大事なお金と時間を『誰に』投資すれば最高の人生になるか?」という投資です

 

 

もちろん、

就職も当然、投資です。

 

 

「自分の大事なお金と時間を、『どの会社』に投資すれば最高の人生になるか?」という投資です

 

 

最高の人生となると「幸せ」という目に見えない概念も含まれることになり分かりにくくなるので、分かりやすさだけを重視して、敢えて今回はお金だけで考えてみることにしましょう。お金だけで考えた方が、投資家のことがずっと分かりやすくなります。投資家が考えているのは、ただ1点、

 

 

【「投資」対「効果」】だけ、です。

 

 

・「自分の大事なお金を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

・「自分の大事な時間を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

 

これら2つのことばかりを実践し続けているのが投資家です。

たとえば、

 

 

「自分の大事な100万円をどこに預ければ期待できる効果が最大になるか?」

 

 

・Aに預ければ、100万円が1年後に100万100円になっていることが期待できます。(+100円)

・Bに預ければ、100万円が1年後に115万円になっていることが期待できます。(+15万円)

 

さて、

「あなたならAとBのどちらに大事な100万円を預けますか?」という極めてシンプルな話です。

もし文章であれば、100人中100人が、それは「当然、Bに預けるでしょう」と答えると思います。

はい、もちろんBを選択する方が合理的です。しかし、現実、99%の人はAに預けます。つまり、

 

 

銀行に預金します

 

 

銀行に預ければ100円しか増えないということは預ける前から分かっていることです。何も複雑な数学などで計算することもなく、銀行に預けてもお金が増えないということは常識として分かりきっています。にもかかわらず、

 

 

日本には860兆円以上の預金がある

 

 

なぜでしょうか?

簡単です。日本人の99%の方々は、本当は投資家であるにもかかわらず、セルフイメージが投資家ではないから、です。

 

・私は主婦です

・私はパートです

・私はアルバイトです。

・私は公務員です。

・私はサラリーマンです。、、、

 

 

こういう方々は、頭の使い方が投資家ではありません。頭の使い方が投資家ではない方が投資をしようとすると、安定志向という「考え方」のままに投資をするので、何に投資をしても上手くいかないのです。増えないと分かっているのに銀行をお金の預け先として選ぶのは安定志向だから。安定志向の方が投資をすると、

 

・少し利益が出ただけですぐに利益確定をしてしまい、

・もう既に十分な損をしているのに「いや、少なくても買った値段までは戻るはずだ、、、」とズルズル・ズルズルと損失を拡大してしまいます。つまり、

 

 

小さく勝って大きく負けるので負けるべくして負けてしまう

 

 

買う対象が、債券なのか・株なのか・不動産なのか、、、は基本、関係ありません。その人の「考え方」そのものが投資家ではないので、何に投資しても上手くいかないのです。もしセルフイメージが投資家だったら違います。安定志向ではありません。

 

 

・「自分の大事なお金を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

・「自分の大事な時間を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

 

 

期待です。確定ではありません。不確実な未来に対して、自分の大事なお金と時間を投資します。だから、投資をしていれば期待通りにはならずに、損をしてしまうこともあります。銀行に預けていれば減らなかったはずのお金が減ってしまうこともあります。

 

しかし、それでも、100万円を預けて100円だけが増える預金と、100万円を預けて15万円が増える期待ができる投資をやり続けている人であれば、最終的には、100万円を預けて15万円が増える期待ができる投資をやっている人の方が、必ず、大きな資産を創ります。

 

当然です。毎回・毎回、全てを当てることはできなくても、毎回・毎回、全てを外すこともありません。外れて損をすることもあれば、当たって大勝ちすることもあります。100万円を預けて15万円を増える可能性に投資していれば、途中でいろいろあったとしても最終的には15万円ちゃんと増やすことに成功できています。

 

・「自分の大事なお金を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

・「自分の大事な時間を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

 

こういった考え方で24時間365日を生きている人であれば、

 

・予測が当たって価格が上がっている時は売りません。出来るだけ長く持ち続けます

・予測が外れて価格が下がり始めた時は売ります。損をするならば出来るだけ小さく損をします。

結果、

 

 

小さく損をして大きく得をするので、成功するべくして成功します

 

 

だから、

最も大事なのは、

 

 

自分は投資家であるというセルフイメージです

 

 

「何に投資するか?」ではなくて、「誰が投資をするか?」。

その人が本当に投資家の「考え方」で投資に臨んでいるのであれば、投資対象が債券なのか・株なのか・不動産なのか、、、は基本、関係ありません。投資するもの全てで資産を増やすことに成功しています。それは、24時間365日で、

 

・「自分の大事なお金を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

・「自分の大事な時間を何に投資すれば、期待できる効果が最大になるか?」

 

を考え続けているからであり、

いざ投資をするならば、小さく損をして大きく得をするからです。

なので、もしあなたが

 

・私は主婦です

・私はパートです

・私はアルバイトです。

・私は公務員です。

・私はサラリーマンです。、、、

 

というセルフイメージではなく、

 

・私は投資家ですが、仕事として今は主婦をやっています

・私は投資家ですが、仕事として今はパートをやっています

・私は投資家ですが、仕事として今はアルバイトをやっています

・私は投資家ですが、仕事として今は公務員をやっています

・私は投資家ですが、仕事として今はサラリーマンをやっています、、、

 

というセルフイメージに切り替えられたら、投資家の「考え方」で社会を観察できるようになります。

すなわち、

 

 

成功するべくして成功することができています

 

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

追伸:

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価格を上げる

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

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さて、

 

価格を上げる

 

受講生さんからいただいたメッセージを1通、、、

>「お金の交渉に対して、堂々と自分の対価をもらえるように、自分の思考に働きかけました。そして、金額の話し合いの際に、自分の方から金額を提示しました。すると、クライアントにそのまま受け入れてもらえました。なので、次は、さらに自信を持ってより高い金額で交渉できるように、自分の提供する価値を説明し納得してもらえるようにしたいと思います。」

 

今まで指導開始の初月で結果を出した方はいらっしゃいましたが、最初の1週目から結果を出された彼女は最速。早速の実践、そして、早速の結果、とても素晴らしいと思っています。本当におめでとうございます!

 

 

価格を上げる

 

 

価格を下げて経営が成り立つのは、その業界の中で圧倒的1位の大企業だけです。低い価格なのに、その低い価格以下に経費を下げることに成功することで大量生産をすることができる大企業だけです。2位以下の企業での値下げ競争が始まったら経営は

 

 

地獄

 

 

何が何でも仕事が欲しいからといって1度、値段を下げたら経営は地獄行きです。なぜなら、他社が価格を下げたら、また仕事を受けられなくなるからです。つまり、値段を下げて仕事を受けるというのは清涼飲料水。一時的なものでしかありません。

 

・自社が値段を下げる

・一時的に仕事の受注が増える

・他社も値段を下げる

・仕事が受けられなくなる

・また自社の値段を下げなければならなくなる、、、

 

 

値段を下げながら仕事を取っていくと、必ず最後は「仕事は受けることができたのに、全然、利益が出ない」という状態になります。そうなるとどうでしょうか?忙しいのに利益が出ないのです。まさに、

 

 

貧乏暇なし

 

 

このような状態で長く「やる気」を持ち続けることが出来る人などいません。必ず、いつか疲れ果ててしまいます。しかし、このような状態を解決する方法は、あまりにも簡単です。

 

 

価格を上げる

 

 

5年、10年、20年、、、と経営を続けていくためには、絶対に利益が必要です。利益が出ていない収支トントンだったら、いつか必ず経営者のモチベーション低下とともに経営も衰退していきます。そして、バブル崩壊やリーマンショックのような自分たちが想定していなかった外部環境の急変に耐えることができません。もし長く経営を続けていき、しかも、ただ続けるだけではなく持続的に成長させていきたいのであれば、利益は必須。

 

 

価格を上げる

 

 

価格を上げると利益が増えます。だからこそ、経営者には余裕が生まれます。考える時間を創りやすくなります。次により価値の高い商品を作成するための時間的、金銭的余裕が生まれます。

 

・高単価

・利益が出ている

・より価値の高い新商品を作成するための時間的・金銭的余裕がある

・次回の新商品はより価値の高いものを提供することが出来る

 

大事なのは、余裕です。

そして、その余裕を創り出すのは利益です。

利益があるからこそ、商品を出すたびに、より価値の高い商品を市場に出し続けることが出来るのです。

 

 

貧乏暇なしが美徳とされるのは1つの固定観念に過ぎません。実際に存在している成功者というのは、儲かっている上に時間に余裕がある。その状態を創るためには利益が絶対に必要であり、そのために

 

 

価格を上げる

 

 

・価格を上げる

・利益が出る

・利益を将来のより良い状態を創るために再投資をする、、、

 

 

実際に、

価格を上げて経営が成り立つためには2つの条件が必須になります。

すなわち、

 

・その商品は本当に価値の高いものであること

・その価値の高い商品の魅力を見込み客の方も十分に認識できること

 

 

本当は9,000円の価値しかない商品に1万円という価格をつけるのは成立しません。それは、販売者だけが得をして、お客さんを損させています。そういう一方だけが得をして、もう一方が損をするという商売は長く続きません。商売が長く続くためには、両方が得な状態である必要があります。

 

だから、本当は12,000円の価値がある商品を1万円という価格をつける。今までは9,000円で販売していのだけど、本当は12,000円の価値がある商品だから千円の値上げをして次からは1万円の値段で販売する。そうすると、

 

・販売者は千円値上げしたことで利益が増えたから、得

・購入者は12,000円の価値あるものを1万円で買うことができたのだから、得

 

商売は常に両者が得である状態を創り続けることが、まず最初に大事なことです。

だから、値上げが成立するか・どうかの1番目は、

 

 

その商品は本当に価値の高いものであること

 

 

です。

 

たとえば、冒頭でご紹介した方は建築士さんです。彼女が建築士の試験に合格するために、一体、どれだけの時間とお金を投資したのでしょうか?お客さんには想像もつかないくらいの時間とお金を投資した上で、彼女は建築士としてプロの知識と技能を身につけています。であれば、彼女が描く設計図には、それだけの高い価値が当然、あります。だから、その価値に見合う価格へと値上げするのは当然です。

 

そして、

値上げが成立するもう1つの条件は、

 

 

その価値の高い商品の魅力を見込み客の方も十分に認識できること

 

 

いくら販売者側だけが、その商品の価値が分かっていたとしてもダメです。値上げは成立しません。販売者は、その商品が本当は12,000円の価値があると分かっていたとしても、相手もその商品には本当は12,000円の価値があると認識できないと値上げは成立しません。

 

・販売者は専門家。その商品の価値が分かる。

・お客さんは素人。その商品の価値が分からない。

 

たとえば、スーパーやコンビニなどで売っている日用品であれば、お客さんもひんぱんに購入していますから、その商品の価値は分かります。よく買い、よく使っているのですから、その商品が日常生活にどれくらい役に立つかというのは分かります。

 

しかし、たとえば今回のような建築士が描く設計図の価値というのは、ほとんどの人が分かりません。他の建築士さんが描く設計図と、彼女が描く設計図の違いは普通、分かりません。建築士以外の人たちはみんな素人だと言って良いでしょう。「設計図なんか、どの設計士さんが描いても同じでしょう」くらいの感覚です。だから、設計士自身が、自分が描いた図面の価値を自分だけ分かっているだけではダメ。その設計図が

 

 

どれだけ価値の高いものなのかを、ちゃんと情報提供する必要がある

 

 

・この商品が相手にどのように便益のあるものなのか?

・その便益があると言える証拠は何なのか?

・この商品は他の似たような競合商品に比べてどういった所が優れているのか?

・そして、この商品には具体的にどのような特徴があるのか?、、、

 

しっかりと説明する必要があります。

単に販売者だけがその商品の価値が分かっているだけではなく、相手の見込み客の方も同じように価値が分かるように、販売者は見込み客の方にしっかりと情報を提供する必要がある。相手に

 

 

価値を正当に認識してもらう必要があります

 

 

・今までは9,000円で販売していた

・しかし、この商品には本当は12,000円の価値がある(販売者だけが価値を認識)

・販売者が持っている知識を見込み客の方にも共有する

・相手の見込み客の方にも同じように、その商品には12,000円の価値があることを認識してもらう

そうすれば、

 

 

千円値上げした1万円という価格が成立する

 

 

もし、この商品が本当に12,000円の価値があるのであれば、最終的には12,000円まで値上げできる可能性があります。もし最終的に12,000円にまで値上げして、それでも売れたとしたならば、元々の9,000円というのは価格として安すぎた、ということです。

 

値下げをするのに頭を使う必要はありません。ただ数字を書き換えるだけです。小学生でもできます。そんな簡単な小学生でもできることをやっていたら経営が地獄になっていくのは当たり前です。もし販売者が小学生ではなく経営者だというのではなく誰でも出来る値下げではなく

 

 

値上げ

 

 

「どうすれば、この商品の価格を値上げ出来るか?」こそ、初めて頭を使う必要があります。

当然、

 

・商品の価値を上げ続けていく企業努力が必要になります

・商品の価値に関する日頃からの情報共有が必要になります

・相手の方にも納得していただける提案力も必要になってきます、、、

 

お客さんに損させてはいけないように、販売者も損をしてはいけません。お客さんにも得していただくように、販売者もちゃんと得をする必要があります。利益を出す必要があります。しっかりと利益を出す。そのために値上げをする。値上げをしたことで出た利益を将来に再投資することで、常に商品価値を高め続けていく。そうすれば、

 

持続的に成長していく企業を創っていくことができます

 

価格を上げる

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

追伸:

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勇気を出す方法

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

まず、

 

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さて、

 

勇気を出す方法

 

いただいたメッセージを1通、、、

 

>「今回のメール胸に響いて、少し泣いてしまいました。

  勇気が出ました。有り難うございます!」

 

勇気という言葉を聞くと、何かとても勇敢なことをする気持ちという印象があります。

たとえば、バンジージャンプに挑戦してみるとか、スカイダイビングに挑戦してみる、とか、、、

 

もちろん、それら勇敢なことに挑戦するというのも勇気は勇気なのだとは思いますが、経営に直結している勇気というのは、必ずしも、それら勇敢なことをどれだけしたか・どうかだけには止まりません。むしろ、本当の勇気というのは、

 

 

自分の良心に素直に従えている時に出てきます

 

 

逆の言い方をすると、何か1つでも後ろめたいことがあると勇気というのは出てきません。

 

人は「論理の生き物」ではなく「感情の生き物」です。だから、頭では「こうやった方がいい」と分かっていたとしても、なかなかその通り完全完璧にはできません。たとえば赤信号は渡ってはいけないという交通ルールがありますが、「周りに車が全然走っていないからいいや」とか、「私だけではなく他の人も渡っているからいいだろう」と自分の都合良く解釈して、何だかんだで頭で知っていることと違うことを考えがち、です。

 

頭で理解していることをその通りに完全完璧にやることが出来る人なんて、ただの1人もいません。みんな完全完璧には出来ていません。8割でも出来ていれば合格。残り2割くらいは「本当はこっちの方がより正しいのだけれども、実際は、、、」というグレーゾーンみたいなものが、ありとあらゆるところに存在しています。

 

いついかなる時も清廉潔白(せいれんけっぱく)というのは頭の理屈だけの話で、実際の人間は「白」と「黒」の間のグレーゾーンの中で生きています。だからこそ経営者の器というのは

 

 

清濁併せ呑む

 

 

に関わっているわけです。濁っている部分に対して、イチイチ、「それはココの部分が間違っている!」「そうではなくて、コッチの方が正しいんだ!!」とやっていたら、世界中のただの1人とも良好な人間関係を築くことなんか出来ません。なぜなら、ありとあらゆる時で、いつ・いかなる時も完全完璧に正しい行為が出来る人なんて1人もいないからです。

 

「本当はこうするのがより良いのだけど、まぁ80点くらいは出来ているから、この人は大したものだ」というくらいの度量がないと、他人と協力しながら事業を大きくしていくということは出来ないわけです。いわば、

 

 

社会というのは80点くらいの人たちの集まりで成り立っている

 

 

ということです。

 

・頭では100点のことを知っている

・しかし、人は頭で知っている100点満点のことは実際は出来ない

・だから、100点のことを頭で知りながら、実際は80点でも良しとする

 

 

それが、60点の人をも良しとし、40点の人をも良しとしたならば、それだけ、その人は度量が大きいということになります。

 

ただし、

 

それはあくまでも相手や世間に対しての態度であって、自分自身にとっての基準としてはやはり良くないわけです。たとえ、人間は完全完璧にはなれないと頭では知っていたとしても、それでも、

 

 

自分自身に対してだけは、あくまでも完全完璧を追求し続ける

 

 

「赤信号は渡ってはいけない」というルールが存在しているのであれば、たとえ周囲に車が全然通っていなかったとしても、たとえ他のみんなが赤信号にもかかわらず渡り始めていたとしても、自分だけは赤信号では渡らない。

 

なぜなら、「赤信号は渡ってはいけない」は法律だから。人が次々に法律を破り出したら、社会の秩序を維持することは出来ません。もし、その法律が時代に合わなくなり、その法律にみんなが従うことが合理的ではないというのであれば、その法律そのものを廃止すべきで。もし、その法律が廃止されずに有効に存在し続けているのであれば、やはり法律に従うことこそが正しいです。つまり、

 

 

正しいことを正しくやることが出来ている時にだけ本当の勇気が出てくる

 

 

ということです。

「他の人がどう言っている」とか、「常識ではこうなっている」とか、「世間のみんながこうやっている」とかではなくて、自分の良心に照らし合わせて何1つとして後ろめたいことがなく、

 

・奥さんに対しても、

・旦那さんに対しても、

・こどもたちに対しても、

・社員さんたちに対しても、

・株主たちに対しても、、、、

 

 

「これが正しいことなので、これをやります!!」

 

 

と断固として言おうとしている時に、本当の勇気が出て来ます。

つまり、自分にとって本当に大事な人たちに対して、何一つとして後ろめたいことがないことをやろうとする時に

 

 

勇気が出て来ます

 

 

「これはどう考えても、こうやった方がよい」という自分の内側からの確信があったならば、「誰が反対している」とか、「みんなの賛成が得られない」とか、「あのお偉い先生からの同意が得られない」とか、、、それらのことは、一切、関係なく感じられます。たとえ100人中100人に反対されようが、

 

 

「分かりました。では、私1人でやります」

 

 

と断固として主張できるようになっています。

世間というのは100点満点ではないのです。80点なのです。常識に従っていれば概ね80点は取れるかもしれませんが、100点は取れません。もし100点が取れることがあるというのであれば、それは他人の意見や世間の風潮に従ったときではなく、

 

 

自分自身の内から湧き上がる良心の声に従った時だけ

 

 

単に周囲からの反対に、ただ頑固だというのではないのです。

良心の声というのは複雑ではなくとても単純なので、本当に正しいことというのは簡単に分かることなのです。「赤信号はこういう場合は渡って良くて、逆にこういう場合は渡ってはいけない、、、」などと複雑なものでは決してなくて、「赤信号は渡ってはいけない」と言うほど、極めて単純なものなのです。だから、

 

 

良心の声というのはとてもか細いけれど、聞き間違えることは絶対にありません

 

 

「いろいろな人がいろいろなことを言っているけれど、物事というのは、本当にそれほど複雑なのだろうか?」と自問自答をしてみます。周囲の複雑さに自分も流されそうになっている時には勇気は出て来ません。その時に出て来ているのは、単なる妥協の気持ち。世間の濁りを自分の基準にもしようとしている、だけ。

 

たとえ、相手や世間の濁りを許容できる度量は必要だったとしても、自分自身の基準までを世間に合わせてはいけません。仮に生きている間は到達できなかったとしても、あくまでも自分自身に対してだけは求める基準を

 

 

完全完璧とする

 

 

実際に出来ているか・どうかではなく、あくまでも目指して努力すること。努力し続けること。

自分は自分が求めている完全完璧の基準からすると、まだ・まだ、、、だと思えること。それが自分の成長余地です。

 

そして、いざ本当に大事なことを決断しようとするとき、、、

その時に自分の心に何一つ引っかかることがなく、これは

 

・奥さんにも

・旦那さんにも

・こどもたちにも

・社員さんたちにも

・株主たちにも、、、、

 

 

「これが正しいことなので、これをやります!!」

 

 

と堂々と言おうとしている時、、、

その時にこそ、正真正銘、

 

本物の勇気が出て来ています

 

勇気を出す方法

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

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潜在意識の交代とは?

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

まず、

 

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さて、

 

潜在意識の交代とは?

 

いただいたメッセージを1通、、、

 

>「YOUTUBEでの講座を、仕事している時間以外は必至で聞いております。

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先生の本も購入しています

 

気付きノートをつけ始めてから、三冊目です

現在は、今までのマイナスの清算で地上へ出ようともがいております

自分の中の考え方や感情に振り回されています

 

今は兎に角、先生の言葉を潜在意識へ貯めていくことを主にしています

10冊ほど貯まったら、きっと次へのスッテプへ進めると思います

いつもありがとうございます」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

人類は目に見えない存在を何とか分かりやすく理解するために、人ではないものを人に例えて表現をするという工夫をし続けてきました。いわゆる擬人法(ぎじんほう)です。

 

「わたしたちには、わたしたちを24時間365日で、いつも・いつも見守ってくれている目に見えない何らかの存在があるのではないか?」

 

目に見えないわけですから、「コレです」「コレがわたしたちを24時間365日で見守ってくれています」と科学的に証明することはできません。ただ、証明は出来ないけれど、どうも過去の経験からして、そのように感じられるわけです。その目には見えないけれど、わたしたちを24時間365日で見守ってくれている何らかの存在を、人類はまるで人であるかのように例えてきたわけです。

 

・ある人たちは、その存在を神様と呼び

・ある人たちは、その存在を仏様と呼び

・ある人たちは、その存在を潜在意識と呼んだ、、、

 

宗教によっては、その存在を像にすることを禁止した教えもあります。

なぜなら、本当は人ではないからです。理解しやすいように人に例えているだけで本当は人ではありません。だから、もし像にしてしまうと、人はその像に囚われてしまい、本質を見失ってしまいます。

 

たとえば、山を人に例えて表現することは可能ですが、どこまで言っても山は人ではありません。山の神として人の形をした神様の銅像を作ることは可能ですが、その山の神の銅像は山そのものではありません。同じように、

 

・神様の銅像は、神様そのもではなく

・仏様の銅像は、仏様そのものではありません。

 

あくまで人が理解しやすいように人に例えて表現しているだけで、実際は、目には見えないけれど、わたしたちを24時間365日でいつも・いつも見守ってくれている何らかの存在だということです。だから、今回の題名である

 

 

潜在意識の交代

 

 

というのも例えです。そういう風に解釈した方が理解しやすいという表現上の工夫です。人ではない潜在意識が、まるで人であるかのように説明した方が感覚がつかめやすいのではないか、という表現上の工夫です。ただ感覚的に、人生が本当の意味で変わるときには、

 

 

潜在意識が交代する

 

 

と解釈するのが分かりやすいというお話です。

 

目には見えないけれど、わたしたちを24時間365日で見守ってくれている存在(神様、仏様、潜在意識、、、)は、簡単に言うとお母さんのような存在です。つまり、わたしたちを守るために、「危ない!」「ダメ!」「やってはいけません!!」と言ってくれる存在です。

 

たとえば、1才の男の子が車が大好きだとします。

だから、もし外にお出かけしたら、自分からどんどん車の方へ・車の方へと近づいて行こうとします。

しかし、だからと言って、1才の男の子が車の走っている道路に近づいていくのは、あまりに危険です。ゆえに、1才の男の子が道路に行こうとすると、

 

 

「危ない!」「ダメ!」「やってはいけません!!」

 

 

と、お母さんが止めてくれるわけです。

 

お母さんが言っていることは正しいでしょうか?それとも間違っているでしょうか?

正しいです。1才の男の子が車が走っている道路に出て行くのは、明らかに危ないです。1才の男の子が車が走っている道路に出て行くのはやってはいけないことです。結果、お母さんが24時間365日で1才の男の子を見守ってくれているから、男の子は安全に大きく成長していくことができるわけです。

 

では、

お母さんのような存在だけれども実際はお母さんではない潜在意識は、どのようにしてわたしたちを見守ってくれているのでしょうか?もし、わたしたちが危ないことをしようとしたら、どのようにして止めてくれるのでしょうか?それは、

 

 

不安と恐怖という感情

 

 

潜在意識は実際のお母さんではありません。だから、「危ない!」「ダメ!」「やってはいけません!!」とは口に出して言ってはくれません。しかし、大事なわたしたちが危ないことをしようとすると言葉の代わりに、不安や恐怖という感情を使って、止めてくれるわけです。いざ、不安や恐怖という感情が自分の内側から湧き上がってきたならば、

 

・(あぁ、今、不安を感じているということは、これからやろうとしていることはやらない方がいいんだ)とか、

・(あぁ、今、恐怖を感じているということは、これからやろうとしていることは間違っているんだ)と解釈します。

 

結果、

わたしたちはその不安や恐怖に従い続ける限り、安全に生き続けることができるわけです。

 

た・だ・し、、、、

 

お母さんが1才の子どもが道路に出て行こうとしているときに「危ない!」「ダメ!」「やってはいけません!!」と言っているのは、相手が1才の子どもだからこそ正しい言葉です。つまり、条件付きで正しいことです。何が言いたいかと言うと、お母さんが言っていることは

 

 

絶対的に正しいことではない

 

 

ということです。

 

当然です。この世に絶対的に正しいことというのは、「ありとあらゆるものが変化し続ける」という『諸行無常』だけですから。それ以外の全てのことは、たとえある一定の条件下では正しかったとしても、絶対的に正しいということはありません。1才のこどもが自分1人で道路に出て行こうとしているのは、たしかに危ないです。では、

 

 

10才のこどもだったらどうでしょうか?

 

 

・道路を横断するときは横断歩道を通った方が良いことを知っています。

・信号機が赤のときは渡ってはならず、青のときだけ渡ってもいいことも知っています。

・いざ道路を横断するときは、左右に気をつけながら渡った方がよいことも知っています。

 

そういう10才のこどもが1人で道路に出て行こうとしたときに、「危ない!」「ダメ!」「やってはいけません!!」という掛け声は正しいでしょうか?今度は間違っています。1才だったら危ないかもしれないけれど、10才だったら大丈夫です。つまり、

 

 

自分1人で道路に近づいてもいい

 

 

潜在意識も同じです。潜在意識による不安や恐怖という感情は、ある一定の条件下ではたしかに正しいのです。危ないからやらない方が良い。だから、自分の内側から不安や恐怖という感情が湧き上がってくる。しかし、もし、自分が1才のこどもではなく、10才のこどもだったら、、、その間の9年間で着実に・着実に成長していたとしたら、、、

 

 

今度は、不安や恐怖という感情は正しくない

 

 

たとえ、不安や恐怖を感じたとしても、やった方が良いことというのはたくさんあります。1才だったらやらない方が良いことだったとしても10才だったらやった方が良いことというのはたくさんあります。

 

もし、自分が1才ではなく10才として成長していていたら、、、お母さんが言う「危ない!」「ダメ!」「やってはいけません!!」は、ことごとく間違っているように感じられるでしょう。「いや、別に危なくない」「なんでダメなの?」「いや、やってもいいでしょう」、、、

 

そうすると、10才のこどもはお母さんが言うことをことごとく無視して、自分が思うようにどんどんやっていきます。すると、いくら言っても全然言うことを聞いてくれないお母さんは、

 

 

あきらめます

 

 

もう、その頃はお母さんではなく、小学校の先生とかにその子の教育をゆだね始めるわけです。つまり、自分を見守ってくれている存在が、お母さんから小学校の先生へと変わるわけです。

 

同じように、いざ自分が本当に成長していて、以前の自分だったらたしかに危なかったかもしれないけれど、成長しているからこそ今度は危なくないからやってみたりしたら、、、。潜在意識が不安や恐怖という感情を使って「やらない方がいい」と一生懸命に止めているのに、それらをことごとく無視して、それでもやってみるようにしたら、、、今までの自分を守ってくれていた古い潜在意識が

 

 

あきらめます

 

 

「成長したこの人を今の私(潜在意識)では守りきるのに責任が取れない」と判断したら、古い潜在意識は自分から離れていきます。そして、成長した今の自分を見守るのにふさわしい

 

 

新しい潜在意識と交代をするのです

 

 

あくまで1つの目安ですが、もし潜在意識が交代するとしたら、だいだい7年周期です。なぜ7年かといえば、人間の脳は外からの同じ刺激を7年間浴び続けると飽きてしまうようになっているからです。飽きると新しい刺激が欲しくなるので、今までの自分だったら危ないと思ってやらなかったことでも思い切ってやってみようとします。だから、もし潜在意識が交代するとしたら、だいだい7年周期です。7年の間で、

 

 

不安や恐怖を感じたのに、それでもやってみたら潜在意識が交代します

 

 

今度は成長した今の自分にもっとふさわしい潜在意識が、わたしたちを24時間365日で見守り続けてくれます。ちょうど、お母さんから小学校の先生に変わったように、その人の成長段階に合わせて、その人を指導してくれる存在が変わるのです。もし指導してくれる存在が変わったならば、

 

人生も抜本的に変わっていきます

 

潜在意識の交代とは?

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

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