作成者別アーカイブ: 白坂慎太郎

嫌われても良い

白坂です、

 

嫌われても良い

たとえば、
ダイエーというスーパーを運営している
会社があります。

ダイエーは過去20世紀に
1度は、流通業でトップになった企業です。

しかし、
その後、経営はどんどん悪化していき、
産業再生機構の支援を受けました。
最終的にイオンに買収されて現在に至ります。

なぜ、1度はトップになったダイエーは、
支援を受けなければならないほど
経営を悪化させたのでしょうか?
最大の理由は

消費者から嫌われる覚悟がなかったから

ダイエーのビジネスモデルは、
基本、

・生産者から仕入れて
・消費者に売る

です。

だから、商売の基本は、
「売り手良し・買い手良し」。

しかし、
ダイエーが追求したのは、
「買い手良し」だけ、でした。

「主婦の味方:ダイエー」という
明確な方針のもと、とにかく、

毎日安い:
エブリデーロープライス

を追求しました。

スーパーで買い物をする主婦は、
もちろん、高いより安い方が良いに
決まっています。

しかし、
それでは「買い手良し」にしかなりません。
「売り手:生産者」にとっての良しにはならない。

なぜなら、
消費者が安くで買いたいのと同じように、

売り手:生産者は高くで売りたいのだから

ダイエーは、
消費者の方しか見ていませんでした。
だから、生産者を敵に回してしまった。

生産者がダイエー以外で売っている価格よりも、
ダイエーでは安くで売ってしまった。

もちろん、
消費者は他店で買うよりもダイエーで買う方が
安くで買える。消費者は、確かに喜ぶ。

しかし、
生産者からしたら、たまったものではない。
商品を創ってもダイエーで売られると利益が出ない。

商品というのは、
魔法のように、
ポッと出来るものではありません。

・企画

・開発

・設計

・原材料の仕入れ

・製造

という、
いくつもの段階を経て、
やっと1つの商品が出来上がります。

それだけ
多くの時間・お金・エネルギーをかけて
生産したものであれば、当然、高くで売りたい。
利益を出したい。

もし、
どれだけの企業努力をしたとしても
利益が出ないのであれば、もう誰も
生産活動をしたいとは思わなくなります。

主婦の味方:ダイエーは、
結局、生産者を敵に回しました。

やがて、
生産者はダイエーに商品を
卸さなくなりました。

だから、
ダイエーは確かに安いのだけど、
品質の良い商品が並ばなくなりました。
結果、

ダイエーには何でもあるけれど、
欲しいものは何もない

として、
総合スーパーとして1時代を築いた
ダイエーは、結局、自主独立の経営を
維持できなくなったわけです。

「売り手良し、買い手良し」というのは
日本語は簡単でも、実現は永遠の課題。

なぜなら、
・売り手は、出来るだけ高くで売りたい
・買い手は、出来るだけ安くで買いたい
と、180度、利害が対立しているから。

なので、
単に安売りしさえすれば良い、
というものでもない。

とにかく安売りすれば、目の前の
お客さんには喜んでもらえるかもしれない。

しかし、
安売りは当然に誰にも利益をもたらさないので、
結局、誰をも豊かにしない。

関係する全ての人たちの誰も
給料が上がらないので、
結局、安売りは更なる安売りに繋がり、
社会全体を貧しくしていってしまう。

もし
安売りをすれば好かれるかもしれない。

逆に、
値上げをすれば嫌われるかもしれない。

しかし、
大事なのは、安いか・高いかではなく、
本来は、

価値と価格が妥当かどうか?

生産者が1つの商品を生産するのにかけている、
お金・時間・エネルギーからして、そして
何より消費者が受け取ろうとしている価値からして
妥当な価格であるか・どうか?

価値に見合った正当な価格を付けることで
初めて、「売り手良し・買い手良し」が
綺麗事から現実へと変わって行く。
そのためには、

「嫌われても良い」という覚悟が要る

社会には2種類の人が居る。
すなわち、

・価値に対して正当な価格を支払うつもりがある人

・何でもかんでも安く、出来れば無料を望む人

前者の
価値に対して正当な価格を支払うつもりがある人と
付き合っていると、関係する人みんなが豊かに
なれる可能性がある。

一方、

後者の何でもかんでも安く、
出来れば無料を望む人と付き合っていると、
生産者は時間・お金・エネルギー、、、の
全てを奪われて行く。

経済という世界に生きていれば、
全ての人に等しく好かれるということは
絶対にあり得ない。

もし
全ての人に等しく好かれようとすれば
極論、全ての商品・サービスを無料に
しなければならない。すると、最後はダイエーのように

何でもあるけれど、欲しいものは何もない

という状況になってしまう。

なぜなら、より良い商品・サービスの提供前には、
必ず、生産者側に生産能力を上げるための
投資が必要であり、その投資は究極、利益からしか
もたらされないから。

・安売り

・利益が出ない

・投資が出来ない

・生産能力が上がらない

・品質が上がらない

・豊かにならない

一方、

・高くで売る

・利益が出る

・投資が出来る

・生産能力が上がる

・品質が上がる

・豊かになる

消費者は出来るだけ安くで買いたい。
生産者は出来るだけ高くで売りたい。
だから、「売り手良し・買い手良し」の
実現は簡単ではない。

利害が対立する両者とものが納得できる
価値に見合った価格で売るというのは
簡単ではない。

しかし、
その簡単ではないことの実現を
目指し続けるのが、商売でありビジネス。

難しいことを放棄し、
知恵も何も要らない
安売りだけを行い続ければ、

誰からも嫌われたくないという想いが
結局、誰をも幸せにしないという
究極の矛盾を引き起こす。

極論、
もし100人が居る中で、

・出来るだけ安く、
 可能ならば無料が良い人が99人

・価値に対しては、その価値相応の価格を支払う
 予定がある人が1人

だった時、
どちらに焦点を合わせるか。

嫌われることが悪で、
誰からも嫌われたくない商人であれば、
当然、安売りを選択する。

決して、社会に存在している商品の
最高品質のものではないかもしれないけれど、
安くで提供すれば、お客さんからの苦情は
最小化する。

安い価格で提供し続けている商人は
嫌われる覚悟がない。

短期的には消費者から「良い人」と
認識されるかもしれないが、
長期的には社会全体を貧しくすることに
関与している。

本物の商人であれば、
やはり、

価値を理解してくれる100人中1人に
社会に存在している中で最高の品質のものを
価値に見合う価格で提供する人

本物の商人になるには、
覚悟が必要になる。
すなわち、

嫌われる覚悟

たとえ、
100人中99人に嫌われたとしても、
たった1人に心から感謝されるものを
提供する。

商人は商人らしく、
しっかりと利益を出す。

生産能力の向上に再投資して、
将来の更に価値の高い
商品の創造に繋げて行く。

「売り手良し・買い手良し」を
実現しながら、同時に社会全体の
豊かさ向上にも貢献することが出来ている。

すなわち、
本当の意味で
「売り手良し・買い手良し・世間良し」の

【三方良し】を実現することに貢献できています。

 

嫌われても良い

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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人生の禁句

白坂です、

 

人生の禁句

人生で
言ってはいけないだけではなく、
考えてすらいけない禁句は

「いつか・きっと・そのうちに」

もし、
「いつか・きっと・そのうちに」
ということを考えている時間が
増えてきているとしたら、人生は

確実に衰退し始めています

大事なことなので
3回繰り返します。

・変化とは99.9%の場合、衰退
・変化とは99.9%の場合、衰退
・変化とは99.9%の場合、衰退

もし40才の人が50才に変化した
ということは、99.9%の場合、
それは衰退した、ということを意味します。

変化にとって、

・衰退が自然で
・進化は異常

進化は異常です。
極めて稀な出来事です。
そして、進化は

たまたま・偶然には絶対に起きない

もし、今、
「いつか・きっと・そのうちに、、、」と
考えてしまっているとしたら、10年後も
「いつか・きっと・そのうちに、、、」と
考えています。

時間の経過は、
自然・動物・人間、、、の全てにおいて
衰退を意味します。

たとえば、
自然においても荒地になっていく方が当たり前。
放っておけば、確実に醜い状態になっていく。

一方、
ごくごく稀に、どんどん美しくなって行く
自然があったりする。たとえば、東京の
明治神宮などは例外中の例外で、どんどん
美しくなっている。

「なぜか?」
簡単です。

365日、人間が管理し続けているから

常に常に、
森林に人間が手を入れている。

常に常に、
樹木を伐採し続けている。

自然が自然のままで美しいというのは幻想。
エセ環境保護者は、樹木の伐採に対して
単なるイメージだけで反対する。

>「SDGs(持続的開発目標)が言われている
世の中で、樹木の伐採なんて、大変にけしからん。。。」

分かっていない。
何も分かっていない。

森林は人間による管理、
そして、適切な樹木の伐採がなければ、
衰退し、確実に醜くなってしまうことを。

人間が森林を観察すれば、
一見、樹木同士が共存共栄をしているように
見えなくもない。しかし、それは幻想。

実際は、
それぞれの樹木同士が日光を
奪い合っている。

だから、
もし、人間が樹木を伐採を一切せずに、
自然を自然のままで任せていたら、
古い木だけがドンドン背を伸ばし続けてしまう。

そして、
生まれたばかりの若木には日光が
全然、当たらなくなり、若くして
木がドンドン死んでいってしまう。

結果、
老木ばかりが残り
若木が全くないことで、
森林における新陳代謝がなくなり、
結局、森林全体が衰退していってしまう。

だから、
自然は自然のままでは決して美しくならない。
たまたま・偶然、何かの奇跡が起きて、
急激に、森林が光り輝き出すことはない。

だから、
人間による管理が入らなくなった森林は
どんどん衰退して行く。どんどん醜くなっていく。

・変化とは99.9%の場合、衰退
・変化とは99.9%の場合、衰退
・変化とは99.9%の場合、衰退

変化が衰退ではなく
進化に繋がるのは、極めて稀。極めて異常。
たまたま・偶然・何となくには起こらない。

もし、
起きるとしたら、

・大いなる繁栄を目指す明確な意図があって

・管理によって、やるしかない状況に追い込まれて

・1日・1日、衰退する速度以上に
 懸命に努力し続けた場合だけ。

進化とは自然には起きない。
明らかに不自然。
日々の懸命の努力がないのに、
たまたま・偶然に進化などしない。

もし、現状維持が出来ていると
思っていたとしたら、単純に、
衰退という現実を直視していない、だけ。
だから、

「いつか・きっと・そのうちに、、、」は【禁句】

・いつか、旅行しよう
・きっと、旅行のタイミングが来るはず
・そのうちに、旅行しよう

・いつか、引越そう
・きっと、引越しのタイミングが来るはず
・そのうちに、引越そう

・いつか、起業しよう
・きっと、起業のタイミングが来るはず
・そのうち、起業しよう

【禁句】

旅行をするか・どうかは、
その人の価値観。

別に旅行が嫌いなら、
無理に旅行する必要はない。
「旅行しない」なら「旅行しない」で
全然、良い。

ただ、

「いつか・きっと・そのうちに旅行しよう」は
10年後も、
「いつか・きっと。そのうちに旅行しよう」に
なっている、というだけ。

引越しをするか・どうかは、
その人の価値観。

別に引越しが嫌いなら、
無理に引越しする必要はない。
「引越ししない」なら「引越ししない」で
全然、良い。

ただ、

「いつか・きっと・そのうちに引越ししよう」は
10年後も、
「いつか・きっと。そのうちに引越ししよう」に
なっている、というだけ。

起業をするか・どうかは、
その人の価値観。

別に起業が嫌いなら、
無理に起業する必要はない。
「起業しない」なら「起業しない」で
全然、良い。

ただ、

「いつか・きっと・そのうちに起業しよう」は
10年後も、
「いつか・きっと。そのうちに起業ししよう」に
なっている、というだけ。

>「今は、起業準備中です。」

準備とは何なのか。
起業とは、

勢い以外の何物でもない

単純に
「判断」と「決断」の違いが付いていないだけ。

判断とは、やらない理由の正当化。
この社会に、完璧な人、完璧な組織、
完璧なビジネスモデル、、、
など存在していない。

もし、
今からやろうと考えていることに対して、
自分自身が不安を感じているとしたら、
今からやろうとしていることの欠点を
無意識に探し始める。

そして、
欠点を探せば必ず欠点は見つかる。
なぜなら、完全完璧なものは何も
存在していないのだから、やらない方が良い
理由を探せば、必ず、見つかる。

まず
「やることに自信がない」という結論が先にあって、
その結論を理屈で正当化する。そして、論理的に
「こういう理由で、やらないことにしました」
と判断をする。

一方、

決断というのは違う。
判断とは明らかに違う。

決断というのは、
勢いであり、直感。

「やった方が良い」と感じた瞬間に、
もう、やってしまっている。

とりあえず、やってしまって、
後から、何とか・何とか上手く行かせようと
無理やり帳尻を合わせる。そして気合で、

「やって良かった」

という結果を創り出す。

判断は、
「やる」「やらない」を選べる環境で
「やらない」理由の正当化。

決断は、
「やるしかない」環境に自ら追込むこと。

判断の延長には衰退しかない。
決断の先にこそ進化の可能性が生まれる。

推しは、推せる時に、推せるだけ、推す

推しというのは、
自分が支持している人。
応援している人。

もし、
万が一、
推しという支持している人に対して、

「いつか・きっと・そのうちに会いに行こう」

と考えていたら、
実際に会える機会は来ない。

まさに、
BTSという韓国のトップアイドルグループが
突然、活動休止宣言をしてしまい、
BTSのファンたちがコンサートに行く機会を
失ってしまったのと同じようになる。

「いつか・きっと・そのうちに、、、」は【禁句】

人生の最善のタイミングは、
「やりたい!」と感じた、
今、この瞬間しかない。

後先を考えるようになれば・なるだけ
年を取ったということ。
だから成長が遅い。

成長が速い人、
0.1%の稀な確率で進化する人というのは、
後先を考えない。

たまたま・偶然・何となく、、、
タイミングが訪れるのを待つのではなく、

自らの決断で結果を無理やり創りに行く

・変化とは99.9%の場合、衰退
・変化とは99.9%の場合、衰退
・変化とは99.9%の場合、衰退

現状維持を望み始めた瞬間、
現実を直視する力が落ちる。

本当は衰退しているのに、
衰退している現実を受け入れられなくなる。

たまたま・偶然・何となく進化することはない。
自然は自然のままで任せておけば老化し、
醜くなっていく、だけ。

もし、
99.9%の必然を断固として拒否し、
あくまで、0.1%の異常な進化を
望むならば、ベストなタイミングは、

「やりたい!」と感じた一瞬だけ

もし、やれば、
基本、上手く行かない。

旅行に慣れていない人が旅行すれば、道に迷う。
家でジッとし続けていれば起きなかったであろう
失敗を山ほど経験する。

しかし、
それでも、何とか、何とか、
旅行から無事に家に帰った時、

「やっぱり、あの時に決断して、
 勢いで旅行して良かった!」

という、
何にも変えられない【想い出】が残る。

その
【想い出】こそが、人生においては
最も貴重。何よりの資産。

「旅行しない方が良い7つの理由」を
理路整然と説明し続けてるだけでは
決して【想い出】は創れない。

「いつか・きっと・そのうちに、、、」は【禁句】

人生で、
「やりたい!」と感じられる機会は少ない。

大抵は、
・去年と同じような今年
・先月と同じような今月
・昨日と同じような今日、、、の繰り返し。

その中で、
「やりたい!」と感じられたというだけで貴重。

その場合に必要なのは判断ではない。
決断。

「やる」「やらない」を選べる状況から
「やらない」という選択肢を断ってしまい、
「やるしかない」状況に自らを追い込む。
そして、一気呵成に

勢いで始めてしまう

後は
はっきり言って無理やり。

「やるしかない」状況の中で
我武者羅に頑張り続けている中で、
欲しい結果を強引に創り出す。

勉強とは止まっている状態でするものでなく、
走りながらするもの。
30年後・20年後・10年後、、、の未来のために
1日・1日、PDCAを全力で回し続ける。

「いつか・きっと・そのうちに、、、」は【禁句】

もし99.9%訪れる衰退を
断固拒否して、無理やりにでも
進化・成長・発展・繁栄、、、を
創り出そうとしたら、

【即断・即決・即行動】だけが創り出していきます

 

人生の禁句

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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人間だからこそ

白坂です、

 

人間だからこそ

「何かを分かりたい」
「何かを理解したい」、、、という場合、
文字通り、

分けて比べる

ということをします。

今までの哲学は、
「人間とは?」という
人間そのものに対しての理解を
深めるとために、たとえば、

・動物と人間を比べる
・哺乳類と人間を比べる
・猿と人間を比べる、、、

というようなことをしてきました。
また、人間同士を比べて

・日本人とアメリカ人を比べる
・男性と女性を比べる
・年長者と年少者を比べる、、、

というようなことをしてきました。

分けて・比べることで
違いを見つけ出し、
その違いをもって、

・日本人とはこういう存在。
・アメリカ人とはこういう存在

・男性とはこういう存在
・女性とはこういう存在

・年長者とはこういう存在
・年少者とはこういう存在、、、

として、
理解を深めてきました。

ただ、

これからの10年・20年・30年、、、で
動物と人間を比べたり、まして、
人間同士を比べたり、、、ということの
重要性は、ドンドン下がり続けていきます。

理由は、

AI(人工知能)が普及して行くから

人間同士の比較など
人間とAI(人工知能)との違いに比べたら
ハッキリ言って、差は、ほとんどありません。

もし、
人間とAI(人工知能)を比べたら、
人間同士の差は微差。

たとえば、

平均的には、人の脳の情報処理能力は
1秒間で40回程度。

だから、

もし、1秒間で50回とか100回とか
情報処理できる脳を持っている人がいるとしたら、
その人は平均的な人に比べて、ものすごく
頭の回転が速いということになります。

AI(人工知能)が出てくる前だったら、
「頭が良い」とか「天才」、、、などと
認識されていたことでしょう。

しかし、
この文章を書いている現時点で、
AI(人工知能)の情報処理能力は
1秒間で

1【京(けい)】回

です。

普通の人の250兆倍も情報処理能力が
高いことになります。文字通り、圧倒的です。
だから、

たとえ、
今まで人間がやり続けて来たことだったと
しても、これからはAI(人工知能)が
どんどん代わりにやっていきます。

理由は、
人間がやるよりもAI(人工知能)がやった方が
大容量の情報を、超高速で、しかも正確に
処理するから、です。

だから、
これから、「人間とは?」ということに対しての
理解を深めようと思った際に、人間同士の比較には
どんどん意味がなくなって来ます。これからは、

AI(人工知能)との比較

になります。

もし、
AI(人工知能)に出来ることであれば、
そのAI(人工知能)が出来ることの価値は、
どんどん下がっていきます。

なぜなら、
人:一人の雇用にかかる人件費よりも、
AI(人工知能)の導入費用の方が、
圧倒的に割安だから、です。

表現を変えるならば、

誰か優秀な人を一人、雇用するよりも、
AI(人工知能)を1つ導入した方が、
企業の生産性は圧倒的に上がる、、、という
ことでもあります。

だから、
もし、10年後・20年後・30年後、、、の
ことを考えた場合、AI(人工知能)には出来なくて、

人間だからこそ出来ることは何か?

ということを
極めて真剣に問い続けることが重要になっています。

では、
AI(人工知能)には出来なくて、
人間だからこそ出来ることというのは
何なのでしょうか?一言で言えば、

過去の延長線上に【ない】何かを創造すること

です。

たとえば、
将棋というゲームは、人間が考え出したゲームです。

・それぞれの駒は、どのように動くのか?
・どうすればゲームの勝ちで、どうすれば引き分けになるのか?
・取った駒は使えない方が面白いのか?使えた方が面白いのか?

AI(人工知能)が出来るのは、
人間が創った将棋というゲームで勝つこと。

人間はAI(人工知能)に将棋で勝つことは出来なくなりました。
そして、今後、勝てるようになる日も永久に来ません。
ただ、AI(人工知能)には出来なくて、人間に出来ることは、

将棋【以外】の別の何かを創造すること

です。

AI(人工知能)の情報処理は正確です。
プログラミング通りに動きます。

もちろん、
今は、大量のデータの検証の繰り返しから
AI(人工知能)そのものが学習します。
(機械学習)。

そして、
AI(人工知能)そのものが学ぶ機械学習の精度も
日々で進化し続けています。

たとえば、

与えられたデータの中から、どこに注目しながら
学習すれば良いのか、、、というのを、かつては
人間が事前に設定していましたが、
今は、注目点(特徴量)さえも、AI自らが見付けます。
(深層学習)。

だから、
AI(人工知能)の学習精度は日々、進化し続けていきます。
ただ、それでも、AI(人工知能)が処理するのは、

正確な過去のデータ

であるということは変わりません。

・どれだけ大量のデータを
・どれだけ超高速で処理し
・どれだけ学習を繰り返したとしても、
使っているデータは

正確な過去のデータ

だから、
AI(人工知能)が導き出す推論の結果は、
過去の延長線上において最も起こりうる確率が
高い事象。

過去の延長線上を予測するという点では、
AI(人工知能)と人間では比較になりません。
圧倒的にAI(人工知能)の方が精度が高い。

しかし、
人間は、良くも悪くも

【不】正確な過去の記憶

を使って、
物事を思考します。

人間の記憶は、AI(人工知能)が保存している
データとは明らかに違います。人間の記憶は、
良くも・悪くも

歪んでいます

自分の都合の良いように、過去の記憶を書き換えます。
なぜなら、記憶は自分の感情と紐づけながら
整理されているからです。

あまり強い感情を伴っていなかった
過去の出来事は、どんどん忘れて行く。

逆に、
かなり強い感情を伴った過去の出来事に
関しては、真実以上に、過大評価または
過小評価した出来事として記憶している。

人間の記憶が歪んでおり、
良くも悪くも、自分の信念に合うように
都合よく保存されているがゆえに、
人間は時として、

過去の延長線上には【ない】何かを創り出します。

AI(人工知能)では、決して思い付かなかった
であろう、独特で面白い何かを創り出す可能性を
私たち人間は持っています。

だから、
過去のゲームよりも面白い

・音楽
・絵画
・スポーツ

または、

・漫画
・アニメ
・ゲーム、、、

を人間は新たに創り出す可能性を
持っています。

日々、学習し続けるAI(人工知能)も
人工知能自らがプログラミングしながら
ゲームを開発することは可能です。

しかし、
それは、どこまで言っても、
過去の人気作品を参考にして創られた
ゲームに留まる。

競馬場なのに、馬の代わりに
女の子が走るという『ウマ娘』のような
ぶっ飛んだゲームは、AIからは
まず出て来ない。

人間だからこそ

「何をやれば効率良く完了させられるか?」
という定型業務は、10年後・20年後・30年後、、、
ほとんど、人間の代わりにAI(人工知能)が代わりに
やっている可能性が極めて高い。

かつて、

日本の中心産業だった農業が、
約70年後、GDP(国内総生産)の
わずか1%まで激減していることからも、

今、行われている定型的な事務作業が
生み出している付加価値は、ほとんど
なくなっていく。

そうしたときに、
トラクター・田植え機・コンバインという
機械が、人間から農業という仕事を
奪ったと解釈することも出来る。しかし、

人を農業から解放した、、、とも解釈できる

同じように、
AI(人工知能)が、人間から定型業務を
これからドンドン奪って行くと解釈することも
出来る。しかし、

人を定型業務から解放して行く、、、とも解釈できる

これから、
10年・20年・30年、、、
活躍し続ける人財の最大の条件は、

【人間だからこそ】出来ることに
挑戦し続けられるか・どうか?

人は、今、目の前の欲望を、
実際の満足度の24倍、
過大評価する。

そして、
人は、10年後の未来に起きるべくして
起きることを、「24分の1」で、
過小評価する。

10年後にやって来るはずの未来が
たとえ5年ずれたり、10年ずれたとしても、
その未来は確実にやって来る。

現状維持の延長には
衰退という事前に分かりきっていた
現実が訪れる。

10年後・20年後・30年後、、、に
やって来るであろう未来に向けて、

【人間だからこそ】出来ることに挑戦し続ける

そうすれば、
現在、「24分の1」に過小評価していた10年後、、、
思っていた

24倍以上、素晴らしい人生を体験できています

 

人間だからこそ

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

追伸:

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日本人だからこそ

白坂です、

 

日本人だからこそ

もし、
一人当たりの実質GDP(国内総生産)ではなく、
実質GDP(国内総生産)を国力と仮定した場合、
日本の全世界における相対的な影響力は
低下し続けていくことが予想されています。

理由は単純で、

総人口が減少し続けているからです。

人口が減少し続けるというのは、
「生産者」であり「消費者」でもある
生活者が減り続けていくということなので、
国力にとっては、基本、ネガティブ。

だから、
円がドルに対して円安になるのも
ある意味、当然。

国の相対的な経済力が低下し続ければ、
長期的には、円の価値も下がり続け、
今後も円安が進行する可能性が高い。

そして、
円安というのは、
単純に、

・輸入に不利で
・輸出に有利

だから、
もし、生産者という企業側の立場で見れば、

・輸入に頼っている業種・業態は不利で、
・輸出することが出来る業種・業態は有利

だということになります。
なので、今まではもちろん、
今以降も、

その商品・サービスは輸出できるか?

という視点で社会を観察することが
重要になってきます。

世界全体を上から俯瞰した場合、
その国に資源が沢山あるものこそ余っているので
その国に強みがある、ことになります。

であれば、
・アメリカが日本より持っているのは
 資源・合理性・革新性

・中国が日本より持っているのは
 資源・歴史・人口

だから、
もし、アメリカと日本の二国間に限定して考えた場合、
資源はもちろん強みになりませんし、
合理性や革新性も強みになりません。

特に、

資本主義で最も大きな価値を生み出すのは
革新(イノベーション)ということになりますが、
残念ながら、アメリカに比べて日本が革新性で
強みを持つことは極めて考えにくい。

理由は、

人の構成です。

アメリカには、黒人・白人・黄色人種、
キリスト教と、イスラム教と、仏教徒、、、と
全世界の色々な人たちが移住して来ているので
多種・多様な考え方の中で生活しています。

だから、
基本、意見が違う。
考え方が違う。

多様性のマイナスは、分断と対立に繋がりやすいこと。
だから、アメリカは日本よりも、よほど法律と裁判の
重要性が高い。根本的な思想が違うので、話合っても
分かり合えない。法律で線を引くしかない。

逆に、

多様性のプラスは、違う考え方の融合で、
常識を超える夢を描けること。
商品・サービスに対しても理想を追求し、
革新的な企画が生まれること。

一方、

日本人は、良くも・悪くも、99%以上が
日本民族です。似ています。共通点も多い。
もし一人・一人が違うとしたら、

かなり細かい部分で違う、だけ。

似ている部分が多く、共通点もあるので、
話し合いの余地がある。だから、問題解決の
最終手段として法的手段まで発展しにくい。
法律よりも世間体や空気の方が影響が大きい。

ただ、

多様性が低いので、良くも・悪くも
考え方が現実的。壮大な夢は滅多に描かないし、
それを実現させるための革新的な企画も出にくい。

だから、
既存の商品・サービスに対して
改善・改善・改善、、、こそが
日本の強みになっている。

アメリカと日本、、、という
たった2か国で見たとしても、
180度、違う。

であれば、
アメリカに対して日本が輸出できる
商品・サービスというのは、アメリカよりも
日本の方に強みがある商品・サービスだけ。

具体的な例としては、

・漫画
・アニメ
・ゲーム、、、などは、

日本が輸出していて、
なおかつ、今後も伸びることが期待されている
商品・サービスの代表例。

日本人は、
細かい差を追求し続けて来たからこそ、
登場人物の設定や心理描写などへの
コダワリが凄まじい。

たとえば、
任天堂は、今や

・売上:  1.7兆円
・時価総額:8兆円の

企業にまで成長したが、
売上の8割は海外。
つまり、マリオやポケモンなどは

全世界に通用するコンテンツ

だということ。

「漫画」「アニメ」「ゲーム」などは、
日本が世界一であり、また、今後も
成長が期待されている業種の1つ。
最も大事なことは、

「日本人だからこそ活かせる強みは何か?」という【観点】

縮小し続ける市場というのは、
下りのエスカレーターのようなもの。
今までよりも早く走ることで、今まで居た場所に
止まろうとすることは出来たとしても、持続的な成長は難しい。

だから、望むと・望まざると、
これからの日本は、
世界への輸出に活路を見出していかざるを得ない。

「商品」「サービス」、、、
そして、その「商品」「サービス」を生み出す

【人】

もし、
「【人】を育てる」というのであれば、
輸出できる【人】を育てる」という
視点でこそ、今後の教育は成立する。

当然、
世界共通語である、

・数字
・英語
・プログラミング言語、、、

などは、
大きな強みになる。

たとえば、
任天堂の大ヒットソフトの1つに
『あつ森』(あつまれ どうぶつの森)がある。

・日本での販売本数:1,000万本
・海外での販売本数:1,300万本

1本の素晴らしいゲームソフトは、
日本語版だけでなく、他国の言語に
翻訳された海外版も売れている。

「商品」「サービス」
そして、
【人】

日本人だからこそ得意な分野で勝負して、
海外へ輸出する

・物事を観察する時
・理解を深める時
そして、何より
・複数の選択肢から決定をする時、、、

これまでも、
そして、
これからは

「海外に輸出できるか?」
本質的には

「日本人だからこそ出来ることか?」

というのが、
極めて重要な視点だと認識しています。

 

日本人だからこそ

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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内製化のメリット

白坂です、

 

内製化のメリット

内製:
自社でやる

外注:
他社に頼む

もし、理論だけで言うならば、
「内製」は「得意なことだけ」で最小化して、
「外注」は「不得意なことを中心」に最大化する、、、

という結論になりそうです。
なぜなら、

【分業→ 「特化」→ 取引】

が、理論上、
最も利益が最大化するからです。

しかし、
理論は理論。実際は実際。

理論と実際の間には、
現実的に差があります。

実際に、
業績を複利で伸ばし続けている企業は、
圧倒的に

内製化の比率が高い

つまり、

・最初は自社が得意なことだけに「特化」する

・「特化している」と生産性が上がる
 (より短時間で・より付加価値の高い
  活動が出来るようになる)

・【余裕】が生まれる

・【余裕】を活かして、

内製の範囲を拡大していく。

たとえば、
・最初は「小売」だけ

・そのうち、「製造」も。

・さらに、「製造」と「小売」を繋ぐ「物流」も、、、

外注が便利、、、というのは、
あくまでも「短期的」「一時的」です。

たしかに、
外注は、お金さえ出せば、品質の高い
商品・サービスを、自社でやるよりも
割安で入手できるので圧倒的に効率が良い。

しかし、
外注には、

【蓄積がないので複利が効かない】

毎回・毎回、
その都度・その都度、
取引しなければならない。

一方、

内製し始めた場合、
まず品質が低い。おまけに
時間と手間がかかるので、割高にもなる。
短期的な面で言えば、効率は最悪です。

しかし、
内製は、
「知識」「技能」「経験」、、、で

【蓄積があるので複利が効きます】

日々の改善・改善・改善、、、で
どんどん品質を上げていくことが出来ます。
そして、かかる「お金」「時間」、、、などを
どんどん小さくしていくことが出来ます。

だから、

たとえ、
1年・2年、、、で見たら、
外注が効率的だったとしても、

10年・20年、、、で見たら
内製が圧倒的に効果的

後は、
外注から内製に切り替えていく
優先順位の課題だけ。

たとえば、
自社にとって、1回限りのような
単発の業務は、外注で良い。

たとえば、
大企業でない限り、会社設立などの
法的手続きを自社で何度も・何度もやる、、、
ということはありません。

極論、
たった1回、1社だけを設立するのであれば、
会社設立手続きを内製化するメリットは
ほぼゼロです。外注した方が良い。

一方、

会社を経営する以上、その後、何度も・何度も
繰り返しで発生する業務に関しては、
どんどん内製化していった方が良い。

なぜなら、
繰り返しで発生する業務を
10年間、ずっと外注し続けていた場合、
結局、内製した場合よりも割高になるから。

そして、
それ以上に大きいのは、

外注先にとっては自社は、数多くの顧客の1社に
過ぎないので、外注先を完全に制御することは
出来いのに対して、

内製の場合、

【自社なのでPDCAを計画通りに回せる】

結局、
会社の実力というのは、

会社としてどれだけの生産能力があるか?

・服の会社であれば、
 服に関する必要な業務は、
 究極的には、自社で全て出来るようになる

・食の会社であれば、
 食に関する必要な業務は、
 究極的には、自社で全て出来るようになる

・住の会社であれば、
 住に関する必要な業務は、
 究極的には、自社で全て出来るようになる、、、

内製化のメリットは、
自社でPDCAを回せるので、
会社内に「知識」「技能」「経験」、、、が
蓄積されていことで、時間とともに

【複利で成長し続けていくことが出来る】

ことです。

 

内製化のメリット

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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経済成長とは何か?

白坂です、

 

経済成長とは何か?

今回は、
経済成長の【本質】について、
考えていきたいと思います。

まず、
表面上の浅い所から、、、

経済成長というと、
一番、最初に思い浮かぶのが、

GDP(国内総生産)です。

たとえば、
日本のGDP(国内総生産)が

500兆円から505兆円に増えていたら
経済成長していた

という考え方、です。
ただ、これほど大雑把な解釈だと、
本当に、

豊かになっているのか・どうか?

が分かりません。
なので、まず、物価を考える必要があります。

たとえば、
GDP500兆円が505兆円に
1%、増えていたとしても、
同じ期間に、物価も1%上昇していた
としたら、

その1%の数字上昇は、
単に物価が上がっただけで、
本当に成長していたと言えるのか?

となります。
だから、まずは、GDP(国内総生産)から
物価の影響を取り除く必要があります。

要するに、
物価の変動を除いたGDP(国内総生産)である

【実質】GDP(国内総生産)

で考えることが大事、
ということになります。

では、

【実質】GDP(国内総生産)さえ見れば、
その国が「経済成長しているか・どうか?」が
正確に分かるのかといえば、分かりません。
なぜなら、

もし、人口も増えていたら、
一人当たりでは豊かになっているとは
言えないから。

・人が増えた

・生産者が増えた

・GDP(国内総生産)がその分
 数字上で増えるのは当たり前

・一人当たりの豊かさは
 全く変わっていない

だから、
【実質】GDP(国内総生産)を
人口で割る必要があります。
すなわち、

【一人当たり実質GDP(国内総生産)】

この指標が
経済成長を測る時の最も基本となる
指標です。

【一人当たり実質GDP(国内総生産)】が
増えていたら、

その国は経済成長している

と言えます。
そうした場合、世界全体の
歴史で見た場合、意外なことに
1800年までは、

ほとんど経済成長していなかった

要するに、1800年までの
生産量の向上は、
単に人口増加によるものであり、

1人・1人で見た場合の余裕は増えていなかった

だから、世界の経済成長というのは、
1800年以降、たかだか直近200年間に
よるものだということです。

では、

なぜ、過去:数千年間では経済成長して
いなかったのに、1800年以降で
急激に経済成長したのでしょうか?
最大の理由は

産業革命

要するに、
今まで「人」がやっていたことを、
「機械」がすることになった。
だから、

人口一人当たりの生産能力が大幅に上がった

ということです。

たとえば、
日本も、戦後まもなくの1940年代までは
農業が中心的な産業でした。

典型的な労働集約型の農業だったので、

・田おこし
・田植え
・稲刈り、、、

などは全て重労働であり、
かつ、大人数が農業に従事する必要が
あったわけです。

ところが、
戦後、

・田おこしにはトラクターを
・田植えには田植機を
・稲刈りにはコンバインを、、、と

農作業への機械比率が高まることによって、
依然よりも格段に、

少ない人数で大量の農産物を生産できるようになった

だから、
戦後間もなくの1940年代に比べて、
日本の中で、農業において沢山の人が余りました。

結果、
かつて農業をやっていた人たちが、

・建設業へ
・製造業へ
・サービス業へ、、、

移っていったわけです。
後は、同じ流れです。

・かつて建設現場で
 人がやっていた現場に
 機械が導入されて
 従業員一人当たりの生産性が上がり、

・かつて製造現場で
 人がやっていた現場に
 機械が導入されて
 従業員一人当たりの生産性が上がり、

・かつてサービス現場で
 人がやっていた現場に
 機械が導入されて
 従業員一人当たりの生産性が上がり、、、

人が、
・金融業界
・ゲーム業界
・情報業界、、、へ移っていっている。

要するに、
経済成長を測る物差しは、

【一人当たりの実質GDP(国内総生産)】

であり、
その【一人当たりの実質GDP(国内総生産)】を
向上させるのは、

【従業員一人当たりの生産性】

であり、
その【従業員一人当たりの生産性】を
向上させるのは、

「人」「物」「技術」への投資

だということ。

人:
学習によって能力(知識・技能・経験)が
向上した場合、生産性が上がります。

今までよりも、
・より短い時間で
・より付加価値の高い活動が出来る
ようなった場合、生産性が向上します。

物:
今まで人がやっていた業務を
代わりにやる機械が導入された場合
生産性が向上します。

技術:
「人」そして「物」による
生産性の向上を、全体的に大きくします。

なお、
ここでいう技術というのは、
単に最先端の技術だけではなく、
あくまで、

・より少ない人が
・より短い時間で
・より大きな付加価値を創れるのを助ける

実用的なもの全てを、
広い意味で「技術」と言っています。

たとえば、
企業が行なっている「研究開発」というのは、
「技術」と「実用」を結びつけるために
やっている活動です。

だから、
流れとしては、

【「人」「物」「技術」への先行投資があって】

【従業員一人当たりの「生産性」が向上し】

結果、
【一人当たりの実質GDP(国内総生産)】が
上がったことを、本質的な意味で

経済成長

と呼んでいます。

つまり、
将来の経済成長は

今、行われている生産性向上のための
先行投資次第

だということです。

 

経済成長とは何か?

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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