専門は特殊

白坂です、

 

専門は特殊

たとえば、将棋。

>「将棋をやれば・やるほど
論理的な思考力が身に付く。
だから、将棋をもっとやった方がいい」
というような考えがあったとして、、、

この考え方は、
どれほど妥当でしょうか?
実際は、

ほとんど関係がありません。

つまり、
将棋をやったから論理的思考力を
鍛えられるとは言えない。

逆に、
将棋を全くやっていなくても
論理的思考力は鍛えられる。
なぜなら、

専門は特殊だから

将棋をやることで鍛えられるのは、
将棋というゲームに強くなる力。
それ以上でも・それ以下でもありません。

だから、
将棋の超一流棋士だから
囲碁でも超一流棋士になれるとは言えない。

なぜなら、
将棋の専門技能は将棋に対してのものであって、
囲碁に対するものではないから。

将棋の超一流棋士が囲碁の超一流棋士と
囲碁で勝負すれば、当然、囲碁の超一流棋士が
勝つ可能性が高い。

一見、似ている将棋と囲碁でさえ
将棋の技能の応用が効かないのだから、
当然、

・将棋をやっていればビジネスにおいて
 論理的思考が出来るとは全く言えず、

・将棋をやっていれば投資において
 論理的思考が出来るとも全く言えない。

端的に言って

関係がない

つまり、
物事というのは、ある一定上の
レベルになると応用が効かない、
ということ。

だから、
将棋のプロ棋士は、一生、将棋の世界で
生きていく人達が圧倒的に多い。

なぜなら、
将棋の世界で身に付けた特殊技能は、
将棋の世界でこそ活きる技能だから。

専門は特殊

世間は、ある専門家に対して、
まるで専門以外も含めて何でも出来る
スーパーマンのようなイメージを勝手に抱きがち。

しかし、
他のことに対して全く無関心だったからこそ、
専門家が専門分野に集中できていたという事実を
忘れてしまっている。

だから、もし相手が本当に専門家である場合、
その専門家は、その専門以外はほとんど何も出来ない。
それが現実。

・専門家だから何でも出来るというわけではない。
逆に、
・色々な分野で出来ないことがあるからと言って
 専門家になれない、というわけでもない。

だから、

何か1つの分野で専門家になれたからと言って、
「他の分野も含めて何でも出来る」という
スーパーマン幻想を見ると危険。

本人は傲慢になり、周囲は盲信する。
悪い意味で宗教化してしまう。

一方、

他の大勢が普通に当たり前に出来ることが
自分は出来ないとしても、だからと言って、
何の専門家にもなれない、というわけでもない。

出来ないことが10個あっても、100個あっても、
だからと言って、成功には何も関係がない。
なぜなら、成功は出来ないことがもたらすものではなく、
出来ることがもたらすものだから。

1つで良い。1つあれば充分。

たとえば、
小学校では、国語・社会・算数・理科・英語・
音楽・体育、、、など、たくさんの教科を
一通りやらせる。

もちろん、
やってみなければ、才能があるのか・ないのかが
分からないので、一回は、やらせてみることにも
意味がある。

しかし、
実際、やらせてみれば、「才能がない」は
すぐに分かる。

もし小学校範囲で苦戦しているならば、
「才能がない」。そして、それで良い。

選択肢を1つ消せている

なので、

>「音楽が出来るんだから、
体育も頑張れば出来る」は【嘘】。
関係ない。

>「国語が出来るんだから、
算数も頑張れば出来る」も【嘘】。
関係ない。

本当に才能がある子だったら、
周囲から「頑張れ!」なんて言われていない。
無意識に出来ている。

1度もやったことがなければ、
やってみないと分からないので、
やってみることには価値がある。

しかし、

やってみれば「才能がない」ことには
簡単に気づく。小学校範囲で
つまづいている時点で「才能がない」。
だから、

選択肢をちゃんと1つ消せている

物事は、ある一定以上になると
応用が効かない。

体育が出来るから音楽も出来るようになるわけでもない。
さらに、野球で1位になれたからバスケでも1位に
なれるわけでもない。

専門は特殊

出来ないことが10個あっても、
100個あっても大丈夫。
気にする必要はない。

なぜなら、
出来ないことは成功や夢実現に
関係のないことだから。

逆に、
たった1つの専門分野に関しては、
他者の意見を聞く必要はない。

>「人は、どんな人からも学べる」

は、専門「以外」に関しては真実でも、
専門分野に関しては【嘘】。学べない。

素人100人、千人、1万人、、、
の意見よりも、専門家1人の意見の方が
真実に近い。

だから、
専門家になれば・なるほど、
アドバイスをもらえる相手が減り、
また話を理解してもらえる相手も減る。

専門は特殊ゆえに、
専門家は必然的に孤独になる。

人間関係の豊かさは、
専門「以外」の家族や趣味の分野では
実現するとしても、専門分野では実現しない。

本当に優秀な人が孤独なのは、
彼ら・彼女たちが専門家だから。

その道を極めようとすれば・するほど
理解されなくなる。それでも、更に
先に進みたいか・どうかは、
まさに「生き方」の問題。

専門は特殊

・たくさんのことが出来なくても大丈夫。
 1つ出来れば充分。

・1つの専門家だからといって、何でも
 出来るわけではない。傲慢になってはいけない。
 盲信してもいけない。

そして、

・専門を極めようとすれば・するほど
 道は細く、世界は狭くなる。
 それでも極めようとすれば、
 あくまで専門を進み続ける、のみ。

専門は特殊であるがゆえに希少性が高い。
だからこそ、

専門家は社会に大きな価値を提供しています

 

専門は特殊

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

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