白坂です、
まず、
結果に対して
運が関係していることは確かです。
たとえば、
サイコロを振って「1」の目が出る
確率はいくらでしょうか?
長期的に、
ほぼ無限に近い回数でサイコロを
振った場合は、「1/6」です。
しかし、
短期的な少ない回数の場合、
必ずしも「1/6」とは言えません。
6回振るどころか
最初の1回目で「1」の目が
出ることもあり得ます。
「1」の目をが出て欲しいと願い、
1回しか振っていないのに
最初の1回目で「1」の目が出た。
すると、「運が良い」と感じます。
確率で「1/6」というのは、
あくまで、長期的に
ほぼ無限に近い回数でサイコロを
振った場合だけ。
短期的には、
最初の1回目で出る場合もあれば、
6回振って1回も出ないこともある。
なので、
結果に運が関係していることは確かです。
・幸運で結果に恵まれることもあれば、
・不運で結果に恵まれないこともある。
ただ、
人生に運が関係していることは
確かだったとしても、
運に期待してはいけない
理由は簡単で、
運は制御できないからこそ運だから、です。
再現性がありません。
そして
何より
運に期待するようになると努力が少なくなる
もし
結果が運で決まると考えると
努力の価値が低下します。
しかし、
短期的には運で決まるように見える結果も、
長期的には実力で決まります。
たとえば、
中学生の勉強。
ある生徒が
ほとんど勉強しなかったのに90点を
取ったとします。
すると、
>「自分はほとんど勉強しなかったのに90点だった!」と
喜んでしまいがち。
勉強しなかった割に点数が良かったことを、
凄いと評価してしまっています。
万が一、
こういう思考法になってしまうと
成功は絶望的です。
なぜなら、
・ほとんど勉強しないで取った90点よりも、
猛烈に勉強して取った100点の方が価値が高いから
・ほとんど勉強しないで取った90点よりも、
猛烈に勉強して取った100点の方が価値が高いから
・ほとんど勉強しないで取った90点よりも、
猛烈に勉強して取った100点の方が価値が高いから
「時間」「お金」「エネルギー」をほとんどかけず、
まぁまぁの結果に恵まれることを幸運と解釈するのであれば、
成功は絶望的。本当に成功する人は、
「1」の目が出るまでサイコロを振り続ける人
・最初の1回目で「1」が出なくても、
・6回振っても「1」が出なかったとしても、
・10回振っても「1」が出なかったとしても、
「1」の目が出るまでサイコロを振り続ける人
もし、
テストで100点を目標しているのであれば、
運に関係なく、実力で100点満点を取れるだけの
努力を猛烈にし続ける。
結果に運は関係している。
しかし、本当に成功する人は、
たとえ運に恵まれなくても、
結果を必然的に創り出すだけの努力を続ける人
ほとんど「時間」「お金」「エネルギー」を
かけていないことなど、自慢にも何にもならない。
幸運は存在していたとしても、再現性が小さいので
長期的には期待できない。
かけていない割に良い結果を得られることより、
たとえ「時間」「お金」「エネルギー」を
猛烈にかけてでも必然的に好結果を
創り出している方がよほど価値が高い。
運を否定することは出来ない。
しかし、運に期待するようになったら
成功は絶望的。
そうではなく、
>「それだけ膨大な『時間』『お金』『エネルギー』を
かけて努力したら、それは成功する方が当たり前」
というだけのことを実際に【やる】。
運を制御することは出来ない。
だから、結果を完全に制御することも出来ない。
しかし、結果が出る確率を上げるための
努力であれば制御できる
人生、
6回中1回で、出て欲しい目が出たかどうかは
本質ではない。大事なことは、
出て欲しい目が出るまで10回でも100回でも
振り続けることが出来るか・どうか?
人生、
「PDCAを何回までしか回してはいけない」
という決まりは【ない】。欲しい結果が出るまで
回し続けていい。
結果に運は関係している。
ただ、制御できないからこそ運であり、
制御できないのであれば期待してはいけない。
期待すべきは、
あくまで
・自分の実力であり、
・実力を高める努力であり
・努力し続けられる自分の潜在可能性
出て欲しい結果が出るまで
PCCAを何十回・何百回、、、と
回し続ける。そうすれば、
夢実現を必然的に体験できています。
今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。
白坂慎太郎
追伸:


