管理による自由

白坂です、

 

管理による自由

一般的に、
自由と言うと、誰からも管理されていない
状況であるかのようにイメージされがち。

しかし、
もし実際に誰からも管理されていない
状態が実現したとしたら、それは自由ではなく
単なる堕落。

少しずつ・少しずつ、
しかし状況は確実に悪化していきます。

理由は簡単です。
人は、やっても・やらなくても、
どちらでも良い状況だと、

やらないから、です。

悲しいことに、
人間は、楽な方に・楽な方に
流されて続けて行きます。

だから、

誰からも管理されていない状態だと、
現状維持すら出来ない。頭では現状維持が
出来ているような感覚だったとしても
実際は確実に衰退して行っている。

管理のない状態は自由ではなく堕落。
自由というのは管理から逃れることで
実現するものではなく、逆に、

管理によってこそ自由は実現する

たとえば、
小・中学生の塾。

塾は一見、授業や教材を提供している
ように見えて、実際に提供しているのは環境。
勉強するしかない環境を塾は提供している。

小・中学生の保護者の最大の悩みは、
>「先生、うちの子は全然、
家で勉強しません。。。」ですが、
だからこそ、

塾は日本全国に1万箇所以上も存在している

もし、
子どもたちが家で勉強できるのだったら、塾は要らない。
日本に、ただの1箇所も塾は必要ない。

なぜなら、
子どもたちが成績を上げて・
志望校に合格するための教材そのものは、
子どもたちは持っているから。

教材を手に入れるのは簡単。
ネットでも・本屋さんでも、
誰でも簡単に教材を手に入れられる。

だから、
もし子どもたちが家で勉強できるのであれば、
塾は必要ない。ただの1箇所も必要ない。

子どもたちが家では勉強できないからこそ
塾が存在している。そして、塾が提供している
価値は、勉強するしかない環境にこそある。

そして、
子どもたちに限らない。
大人になり、30才だろうが・40才だろうが、、、
例外は一切ない。

やっても・やらなくてもどちらでも良い環境なら、
人は、必ず、やらない。

・「やる」のは大変
・「やらない」のは楽
だから、
・人は例外なく「やらない」。

子どもたちに限らない。
大人も全く同じ。
年齢とか・個人差ということではなく、
人は、楽な方に・楽な方に流され続ける。

「やらなければならない」という論理より、
「やりたくない」という感情の方が24倍も強い。
例外がない。人の意志の力など、本能の前では
悲しいほど弱い。

だから、
管理がなければ、人は、やらない。
だから、堕落していく。衰退していく。

もし、
一生一回だから、やりたいと思っていた
夢を叶えようと思ったら

どれだけ厳しい環境に自分を置けるか?

に全て、かかっている。

世の中に、
特別に意志が強い人が居るわけではない。
意志は弱い。どんな人も悲しいくらい弱い。

ただ、
違うのは、置かれている環境。

・ある人は、やっても・やらなくても
 どちらでも良いヌルイ環境に居て

・ある人は、やるしかないという
 追い込まれた厳しい環境に居る、、、、

という環境の違いがある、だけ。

もし、
ある人が、「やっている」というのであれば、
それは、「やらざるを得ない」厳しい環境に居るから。
ただ、それだけ。

管理による自由

管理すれば・するほど、
無駄が削ぎ落とされていく。

たとえば、
仕事が出来ない人が最もたくさん
言う言葉が、「忙しい」。

要するに、
>「忙しいから出来ない」と言う。

しかし、
実際は単純に仕事が遅いだけ。
本質以外の無駄なことを沢山やっている。

人は与えられた時間を最大限に使って
終わらせようとする本能がある。

早く終わらせたら、次から次に
頼まれて損だと感じるから、
1つのことを時間をかけて
ゆっくり・じっくり、やろうとする。

だから、
もし1年間、与えられたら
1年間でやり終わる。

しかし、

その1年間の仕事は、
実際、半分の半年でも出来る。
残り半年は、本質以外の無駄なことに
時間を使っていた、というだけ。

そして、
・半年で出来たことは、
 実際は3か月間で出来るし、

・3か月間で出来たことは、
 実際は1か月間で出来る。

時間が短いから出来ないのではない。
むしろ、反対。与えられた時間が長ければ
長いほど、逆に無駄なことを沢山やるので
逆に出来なくなる。

締切がないものが完成することはない。

自分で自分を律することが出来る人など、
この社会に、ただの1人も居ない。
どんな人も例外なく、楽な方・楽な方へ、、、と
流され続ける。

もし、
堕落ではなく自由を実現しようと思ったら、
管理から逃れるのではない。むしろ逆。
どれだけ厳しい管理下に自分の身を置けるか?

厳しく管理されれば・されるほど、
無駄なことが出来なくなる。

厳しい締切があれば・あるほど、
無駄なことをやっている暇がなくなる。
だから、重要な本質だけに集中せざるを得なくなる。

すると、

・かつては、1年でやっていたことを
 半年で出来るようになり、

・かつては、半年でやっていたことを
 3か月で出来るようになり、

・かつては、3か月でやっていたことを
 1か月で出来るようになることで、

自由な時間が拡大する

やるべきことをやって成果を出す。
しかも以前よりも、短い時間で成果を出す。
すると、

自分の本当にやりたいことがやれる

少ない量を時間をかけて
ダラダラ・ダラダラやっているから、
夢が夢のままで終わってしまう。

>「いつか・きっと・そのうちに、、、」
と思いながら、結局、
10年前と同じ環境・同じ人間関係で
同じことをやっている。

そして、

10年間、結果が変わらなかったのに、
なぜか、同じ環境・同じ人間関係でやっぱり、
「いつか・きっと・そのうちに、、、」
と思い続けてしまっている。

幻想

人が人に対して
「優しい」とか「思いやりがある」とか、
「親切」、、、などの面から、『性善説』を
価値観とするのは、その人の生き方。自由。

ただ、
仕事・ビジネス・投資、、、において、
何より自分自身に対しての『性善説』は
あり得ない。

・人は楽な方・楽な方へ流される
・人は選べるならば「やらない」
そして、
・「なぜ、やらなかったのか?」の言い訳を雄弁に語る

年齢は一切で関係ない。
子どもたちが家で勉強しないのであれば、
大人は家で仕事をしない。

結局、リモートワークも幻想に終わった。
外出自粛が緩和されたら、どの企業も
社員は出社、、、に、どんどん戻っている。

自由とは、管理から逃れることで
実現するものではない。

管理がない場所で実現するのは堕落。
何の生産性のない無駄でダラダラした
時間だけが増える、だけ。

もし、
自由を実現しようとしたら、むしろ逆。
「どうやって管理から逃れるか?」ではなく、
「いかに厳しい管理下に身を置けるか?」。

「やる」「やらない」が選べる環境ではなく、
「やるしかない」環境に身を置く。

無駄が見逃され、放置されている環境ではなく、
いつも監視され、常なる改善が改善が図られ
続けている環境。

もし
一生一回、本当に「やりたい」ことがあるならば、
いかに、「やりたくないこと」を沢山やれるか?

・勉強
・練習
・改善、、、

自分の意志でやれる人など1人も居ない。
信頼の問題ではない。単なる現実。

いつか自分の意志でやれるようになると
幻想を見続けるのではなく、環境を変える。
人間関係を変える。ヌルい場所から距離を置き、
厳しい場所へ自ら近づく。

管理が厳しい環境に身を置けば・置くほど、
やらざるを得なくなる。量をこなさざるを得なくなる。

そして、
量をこなせば誰だって能力を上げられる。
やがて量が質を産むようになる。
以前よりも格段に短い時間で、やれるようになっている。

結果、
創り出した余裕時間で、夢として思い描いていたことを
思い切りやる。一気呵成にやる。そうすれば、

好きな時に・好きな場所で、
好きな人と、好きなことを、
好きな方法で、好きなだけやれる

自由を体験することが出来ています

 

管理による自由

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

参考書籍:

『稼ぐ言葉の法則』

 

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