作成者別アーカイブ: 白坂慎太郎

人生を変えるためにすること〜情報が変わると人生が変わる!

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

まず、

 

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さて、

 

人生を変えるためにすること

 

 

今回は結論からいきましょう。

「人生を変えるためにすること」、それは、

 

 

情報を変える

 

 

ということです。

自分に入ってくる情報を変える。それが人生を変える唯一の方法です。

一般的に30才を超えた方の90%は人生が変わりません。40才を超えた方の99%は人生が変わりません。「なぜ40才を超えたら人生が変わらないのでしょうか?」簡単です。自分に入ってくる情報が変わらないからです。

 

・今までと同じようなテレビから情報が入ってきて

・今までと同じようなネットから情報が入ってきて

・今までと同じようなお友達から情報が入ってきて、、、

 

自分に入ってくる情報が同じなのです。入ってくる情報が同じだから、自分が信じている常識も同じです。同じ常識を拠り所にしているから行動もいつも同じです。

 

【情報→ 脳→ 行動】

 

人は、今までと同じ結果を得たときに、その結果につながった行動に焦点を当てます。そして、「あぁ、こういう行動をやったからこういう結果になったんだ。」と思ってしまいます。そして、「結果を変えたいから次は行動を変えよう」と考えてしまいます。そして、その行動を変えるために、努力・根性・気合に頼ろうとしてしまうわけです。「もっと頑張って行動を変えよう」と思ってしまうわけです。

 

 

変えられません

 

 

人は行動を直接変えることはできないのです。なぜなら、その行動をしようと選択した脳が変わっていないから。「なぜ、その行動を取ったのでしょうか?」それは、「脳がその行動を取った方が良い」と判断したからです。では、「なぜ脳はその行動を取った方が良いと判断したのでしょうか?」簡単です。脳はその行動を取ることが正しいという信念を持っているからです。そして、その信念を作っているのが、

 

情報

 

【情報→ 脳→ 行動】という一連の流れを考えたときに、焦点を当てるべきは出口の行動ではありません。違います。入口の情報に焦点を当てる必要があります。入口の情報を変えた時、初めて脳が変わり始め、そして、行動も変わり始めていきます。脳が情報処理している情報、すなわち、、、

 

・自分の目で見ている全ての刺激

・自分の耳で聞いている全ての刺激

・自分の肌が感じている全ての刺激、、、

 

自分の目から・耳から・肌から入ってくる24時間365日の全ての刺激が脳で情報処理されています。その入ってくる情報が変わらないから脳が変わらないのです。そして、脳が今までと同じだから、いつも同じような判断をしてしまうわけです。その大元になっている情報を変えるためにこそ

 

・環境を変える

・人間関係を変える

 

というのが人生を変える唯一の方法になっています。

たとえば、今までテレビから情報を得ていたとします。今まで40年間テレビを見続けて人生が変わっていないのであれば、この後40年間テレビを見続けても人生は変わりません。

 

99%の人は、人生を変えるということに関して間違ったイメージを持っています。すなわち、「人生とは少しずつ・少しずつ変わっていくものだ」「今は変わっていないかもしれないけれど、長く続けていさえすればいつか結果が出るはずだ」という印象を持っています。

 

 

変わりません

 

 

人生というのは少しずつ・少しずつ変わっていくものではありません。違います。もし変わるとしたら劇的に変わります。一気に変わります。人生が本当に変わるというのは、緩やかな坂道を少しずつ登っていくイメージなのではなく、90度直角の崖を真っ直ぐに一気に駆け上がるようなものなのです。

 

分かりやすく数字を使ってお金を例にしてみましょう。

 

たとえば、今、自分の年収が500万円だとします。

その時に、「最初にコレをやって年収510万円にして、次にコレをやって年収520万円にして、、、」と考えてしまうとしたら、周囲の情報が変わっていないからです。周りの人たちがみんな同じような考え方をしています。

 

結果、「もっと頑張ろう」「もっと働く時間を増やそう」「もっと残業しよう」、、、という発想になってしまっているわけです。しかし、今までだった十分に頑張っていたのです。そして、今までだったら24時間365日で仕事をしていたのです。今まで頑張っていたのであれば、それ以上に頑張ることはできません。今までだって24時間365日だったのですから、もっと長く働くことはできません。

 

仮に、ある1日だけ凄く頑張ったとしても、そんな頑張りを毎日続けることなんて絶対に出来ませんから、頑張ったら頑張った分で数日後はちゃんと怠けて調整してしまいます。仮に、ある1日だけ長く働いたとしても、そんな努力を毎日続けることなんて絶対に出来ませんから、努力したら努力した分で数日後はちゃんとサボって調整してしまいます。

 

「なぜでしょうか?」簡単です。脳が変わっていないからです。脳に入ってきている情報が変わっていないからです。年収を上げるためには「もっと頑張る」「もっと長時間働く」「もっと残業する」、、、ということしか思いつかない環境と人間関係にいるからです。

 

 

もし人生が本当に変わるとしたら、自分に入ってくる情報が変わった時

 

 

自分に入ってくる情報を変えるためにこそ、環境を変えるわけです。人間関係を変えるわけです。

・自分の目で見ている全ての刺激

・自分の耳で聞いている全ての刺激

・自分の肌が感じている全ての刺激、、、が変わると、脳に入ってくる入力そのものが変わっているから、

 

 

自動的に人生も変わっていきます。

 

 

たとえば年収500万円の人がもっとお金持ちになろうと思った場合、やるべきことは今まで年収500万円だった自分の頭で考えることではありません。違います。

 

 

一桁上の年収5,000万円の人から得られる情報を1秒でも長くすること

 

 

年収が一桁上の年収5,000万円の人は、間違っても「もっと頑張ろう」とか、「もっと働こう」とか、「もっと残業しよう」などとは考えていません。そういう努力・根性・気合に頼っていて一桁上になれたわけではないからです。そもそも考えていることが全然違います。

 

 

「どうやったら次のプロモーションで3,000万円を稼げるか?」

 

 

というようなことを当たり前に考えています。年収500万円の人にとって「お金を増やす方法は残業すること」というのが常識になっているのと全く同じように、年収5,000万円の人にとっては、「1回のプロモーションで数千万円を稼ぐ」というのは常識になっているのです。年収500万円の人も年収5,000万円の人も同じ人間です。見た目は全く同じです。しかし得ている結果は10倍も違う。なぜか?

 

 

脳が信じている常識が違うから

 

 

世界76億人の人がいるというのであれば、世界には76億通りの常識があります。みんな脳が信じている常識が違います。理由は簡単で、触れている刺激が違うからです。脳に入ってくる情報が違うからです。だから、「自分はコレが正しい」と信じている信念があったとしたら、その信念は自分だけが信じている常識であり、世の中には全然違う常識を信じながら生きている人もたくさんいます。

 

今でも十分に頑張ってての結果が年収500万円だというのであれば、自分の考えによる人生の結果は既に出ています。まして40才を過ぎているということであれば、決着はついています。もしかしたら、その後10年・20年頑張り続ければ500万円の年収が600万円になり700万円になることはあるかもしれませんが、まず1桁上の5,000万円にはなりません。

 

年収500万円の人は500万円という数字に慣れているのです。慣れているから、慣れ親しんだ結果をつくるための行動しか思いつかないのです。逆の言い方をすれば、一桁上の年収5,000万円の人は5,000万円という数字に慣れているのです。1回のプロモーションで数千万円という売上が上がることに慣れているです。そして、その

 

 

慣れた結果を得るための行動を当たり前に選択している

 

 

歯磨きをするのは大変なことではありません。別に、頑張ろうと思わなくても、気合を入れなくても、するのが当たり前になっています。同じように、年収5,000万円の人は、数千万円を稼ぐための行動を取るのが当たり前になっていて、年収5億円の人は、5億円を稼ぐための行動を取るのが当たり前になっているのです。だから、人生を変えるというのは、その自分にとっての「当たり前」を変えることに他なりません。

 

 

自分にとっての「当たり前」が変われば、人生も「当たり前」に変わっていく

 

 

今でも十分に頑張っている年収500万円の人が一桁上の5,000万円の人を見たら、最初は信じられないでしょう。当然です。自分が信じていることと違うからです。ここで、自分が正しくて相手が間違っていると解釈したとしたら人生は絶対に変わりません。もし人生を変えられる人がいるとしたら、

 

 

自分が今まで信じていたことが間違っていて、相手の方が正しい

 

 

と自分の過去を素直に否定することができる人、だけ。別に自分自身という存在そのものを否定する必要は全くありません。相手も自分も同じ人間ですから。今までの自分は今までの自分として一生懸命に生きてきたのですから。

 

しかし、自分という存在そのものは否定しなかったとしても、自分が信じていた固定観念は否定する必要があります。「この人はこういう常識だから、一桁上の結果を出しているんだ。だったら、自分の固定観念はサッサと捨てて

 

 

この人の常識に自分の脳を入れ替えたら、当たり前に同じ結果を得られるはず」

 

 

と考えられる人だけが唯一、人生を本当に変えられる人です。

よって、「人生を変えるためにすること」は、

 

 

情報を変えること

 

 

自分に入ってくる情報を変える。自分が24時間365日で触れている刺激そのものを変えてしまう。そして、自分が今からかなえたいと思っている夢をもう既にかなえている人から得られる情報を1秒でも長くしていく

 

途中・途中の判断で迷わないように、今まで得ていた情報に触れる時間を1秒でも短くしながら、今から得たい結果につながる情報に触れる時間を1秒でも長くしていく。そうすれば、自分の脳にできていた当たり前が変わっていきます。今までとは違う常識が自分の脳に作られます。結果が、

 

人生を変えることができています

 

人生を変えるためにすること

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

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イギリスのEU離脱理由を簡単に

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

まず、

 

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さて、

 

 

 

イギリスのEU離脱問題が大詰めを迎えています。

日本時間の3月30日午前8時が期限となっていますから期限まで残り2か月強というところです。しかし、この文章を書いている時点で、「合意なしの離脱か」それとも「離脱期限の延長か」ということさえ今だに決まっていません。そもそも、

 

「なぜ、イギリスはEUを離脱しようと思ったのでしょうか?」

 

結論から言うと、移民問題です。

 

(1)イギリス経済の低迷

(2)イギリス国民の政府への不満

(3)移民受け入れを拒否するためにEUを離脱すべき

 

以下、詳しく解説して行きます。

まず最初に、(1)「イギリス経済の低迷」についてです。

 

イギリスという国は、国土の広さが日本の3分の2くらいの島国です。

しかも、北海道よりも高緯度に位置しています。つまり、

 

農業には全く向いていません

 

農業が向いているのはアメリカのように国土が広くて、しかも温帯の地域です。

イギリスのように国土が狭くて、しかも冷帯の地域は農業に全く向いていません。

農業に向いていないというのであれば、次は工業ということになります。

 

イギリスは世界で最初に産業革命を成し遂げた国です。

つまり、物を「手」で作ることから「機械」で生産することに成功した最初の国です。

なので、『世界の工場』として栄えたことがあるという歴史を持っています。

結果、19世紀には世界の約4分の1を支配・管理下に収める大英帝国とまでなりました。

 

しかし、それも今は昔。200年以上も前の話です。

今は、『世界の工場』では全然ありません。工業が盛んな国ですらありません。

たとえば、「イギリス製の商品と言えば?」と質問されても、ほとんどの日本人は、ただの1つも商品名を挙げることができないのではないでしょうか。なぜなら、イギリスは今は工業が盛んな国ではないからです。

 

工業という物作りが最後に行き着く先は必ず価格競争です。

どの企業が出している商品も、消費者が必要としているある一定の基準を満たしていれば、消費者は最後は価格で選びます。どの商品も似たり寄ったりであれば価格が安い商品を選ぶ。それが現実です。

 

と言うことは、企業からするとヒタスラ経費削減に取り組み続けなければならないという宿命があります。

しかし、先進国は人件費が高いです。だから、いざ経費を削減し続けようとすれば物作りの中心が先進国から発展途上国に移り続けていくというのも必然です。イギリスが『世界の工場』だったのは今から200年以上も前の話。今のイギリスは工業が全く盛んな国ではありません。

 

 

イギリスは農業だけではなく工業までも盛んではなくなっていた

 

 

農業に向いていなく、工業も衰退しているということであれば、イギリスが生き残る道は金融しかありませんでした。金融は、たとえ農業に向いていなくても、工業が衰退していても、機会があります。金融が盛んな地域を冷静に見ると、香港であったりシンガポールだったり、またはドバイだったりしますが、いずれも元々は貧しかった地域です。農業や工業が盛んにならなかった地域が生き残る最後の分野が金融です。

 

金融は、ある意味お金さえ集めることができさえすれば勝負ができます。お金はお金持ちが持っていますから、国として低い税率を設定して節税目的で集まってくるお金持ちを集めることさえできれば金融は成立します。元々で農業に向いていなく、かつ、工業がすっかり衰退してしまっていたイギリスは、ヨーロッパ最大の金融国としての地位を確立していったわけです。

 

しかし、金融というのは経済の安定性が全くありません。なぜなら、どこの国でもできるからです。使われる経営資源がお金だけだからです。お金は簡単に浮気をします。より低い税率、より低い取引手数料の場所があったら、国境をまたいで簡単に出て行ってしまいます。

 

先に金融が盛んになった国が後から追い上げてくる国を防ぐための参入障壁を築くことができません。たとえ、イギリスがヨーロッパ最大の金融都市になったとしても、投資家はお金とともに簡単に全世界を移動してしまいます。必ずしもロンドンでなかったとしても、ニューヨークでも、東京でも、香港でも、シンガポールでも、、、簡単にお金は投資家とともに移動してしまいます。

 

だから、金融というのはお金儲けということに関しては最も効率の良い産業だったとしても、参入障壁を築くことができません。つまり、競合に対して持続的に強い立場を作っていくことができないのです。

 

参入障壁を築く最大の要因は時間です。たとえどれだけお金を持っていたとしても時間をかけなければ絶対に作れないものであれば参入障壁となります。しかし、お金さえ持っていたら誰でも簡単にやれるということになれば、自分たちが投資したお金よりも大きなお金で競合が参入してきたら、簡単に1位を奪取されてしまいます。

 

イギリスは金融という産業で成り立っています。金融は効率がとても良い産業ですが、とにかく弱い。逆に、農業や工業のように地に足がついた産業というのは金融に比べれば効率は良くありませんが、しかし、持続的に強い参入障壁を築き続けることができます。結果、

 

 

ドイツがEUの中で圧倒的な地位を得ることができた

 

 

EU(ヨーロッパ連合)というのは、経済に関して同じルールでやろうとする共同体です。たとえば、EU内の輸入品にかかる税金である関税がかかりません。また、共通通貨であるユーロは、EU加盟国の全てが使っているわけではありませんが、19か国が共通の通貨として使っています。ルールが統一されれば・されるほど、

 

 

結果は二極化していきます

 

 

たとえば、柔道という競技は体重別になっています。だから体重が重い人だけではなく、体重が軽い人も1位になれる可能性があります。それは、体重別というルールが別々にあるからです。もしルールが統一されて、柔道には無差別級しかなくなったら1位になれる人は世界で1人だけになります。体重が軽い人には全く機会がありません。ホンのごく1人だけが勝者となり、残り全員がみんな敗者となってしまいます。

 

同じように、ヨーロッパはかつてはバラバラの関税基準を持っていて、バラバラの通貨を使っていました。だから、フランスで1位、スペインで1位、イタリアで1位、、、と各国で1位の企業が存在していたわけです。

 

しかし、それらヨーロッパがEU(ヨーロッパ連合)と統一されると、28か国の中で1位は1か国だけです。

それがドイツだったわけです。なぜなら、ドイツが最も品質の高い製品を提供していたからです。今まで、フランス製、スペイン製、イタリア製、、、の製品を買っていた消費者がどんどんドイツ製に買い替えるようになったので、

 

 

ドイツ1か国が圧勝して、他の27か国が全部負けた

 

 

ということになったわけです。

だから、EUが成立してすぐにギリシャが財政破綻状態に追い込まれたわけです。そして、ギリシャ以外のフランス、スペイン、イタリア、、、も経済が厳しくなりました。その裏で、ドイツだけは新規国債発行ゼロという健全な財政を実現することができました。つまり、

 

 

EUの中でドイツの影響力が圧倒的になり、イギリスの影響力は相対的に小さくなった

 

 

経済というのは、どこまで言っても自由競争です。競争に勝てば信じられないくらい大きな成功を収めることができますが、負ければ見るも無残な結果になってしまいます。EUの中での勝者はドイツ。ハッキリしてしまいました。

 

イギリスは金融でこそヨーロッパで1番だったとしても、農業や工業など地に足についた強い産業ではドイツの足元にも及びません。金融はお金儲けの効率は良いのですが、確固とした強さがありません。景気が良い時は徹底的に良いですが、悪い時は一気に落ち込んでしまいます。経済の安定がありません。結果、精神的な安心もないのです。これが、(1)「イギリスの経済が低迷」していた理由です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

次に(2)の「イギリス国民の政府への不満」です。

 

「政府の収入とは何でしょうか?」

簡単です。税金です。政府の唯一の収入は税金です。

では、税金はどこから支払われるでしょうか?もちろん、所得です。

会社の所得から法人税が、個人の所得が所得税が収められます。

 

つまり、政府の税収というのは景気に直結しています。

景気が良くて、経済の規模が大きくなっている時は、政府に入ってくる税収も自動的に増えます。

しかし、景気が悪くて、経済の規模が小さくなっている時は、政府に入ってくる税収は自動的に減ってしまいます。

 

イギリスの経済は衰退こそしていなかったとしても、それほど伸びてもいませんでした。つまり、経済の規模があまり大きくなっていなかったということです。税収というのは経済の規模に依存しますから、経済が大きくなっていない時は税収も増えていきません。にもかかわらず、高齢者が増えて社会保障関係費が大きくなり続けたとしたら、どうなるでしょうか。

 

・税収は増えていない。

・にもかかわらず、社会保障関係費など支出は増える。

・結果、イギリス政府の財政は悪化し続ける。

 

おまけに難民と移民です。

シリアなど中東地域から、イギリスに入りたい移民はたくさんいます。

イタリアやフランスを通り越して、できることならばイギリスに行きたい難民や移民はたくさんいます。

 

「なぜ、イタリアやフランスを通り越してイギリスに行きたいか?」と言えば、イギリスはかつて大英帝国だったからです。つまり、

 

 

イギリスはプライドが高い

 

 

たとえ大英帝国としてのピークが200年前だったとしても、今だにイギリスは高いプライドを持っています。「かつて大英帝国であったイギリスに、ホームレスなど住む場所さえない人がいることは許されない」と考えています。だから、もし住む家がないという人がいたら、政府が何とかその人のために住む場所を提供するなど懸命な救済措置を取ってくれるのです。つまり、

 

 

住む家がない難民の人たちも、イギリスに行けさえすれば家に住める

 

 

だから、難民の人たちはイタリアやフランスを通り越して、何が何でもイギリスに行きたいわけです。ここで、元々イギリスに住んでいたイギリス国民と、新しくイギリスに入って来る難民や移民の人たちで、「限られたイギリス政府の予算の奪い合い」が起きてしまっていたわけです。これが、(2)の「イギリス国民の政府への不満」です。そして、(3)の

 

 

【移民受け入れを拒否するためにEUを離脱すべき】

 

 

という考え方になっていきました。

 

EU(ヨーロッパ連合)は、共通ルールで行われている共同体です。だから、たとえイギリスが移民の受け入れを拒否したかったとしても、EUの中にある一定数の受け入れを決めているルールがあれば、イギリスもEUの一員として受け入れざるを得ません。つまり、移民の受け入れを自国の判断で拒否することができなかったわけです。なので、「なぜ、イギリスはEUを離脱しようと思ったか?」に対しての解は、

 

 

移民問題

 

 

ということになります。

 

イギリス国民感情としては、「わたしたちが納めている税金が移民の人たちに使われるのは納得できない!」という不満が爆発したのが国民投票の結果だったということです。

 

しかし、あの国民投票が行われたのは2016年の6月でした。当時、イギリス国民はEU離脱をすることによって移民の受け入れを自国都合で禁止できるというメリットは理解していたとしても、EUを離脱することのデメリットは十分に理解できていませんでした。

 

【イギリスにとってEUを離脱することのメリット】:

EU共通のルールに従う必要がなくなるので、自国判断で移民の受け入れを禁止できる

 

【イギリスにとってEUを離脱することのデメリット】:

(1)スコットランドの独立問題が再燃してしまう

(2)北アイルランドと南アイルランドの国境線問題が再燃してしまう

(3)EU域内での貿易において関税がかかるようになる

(4)他のヨーロッパ各国に行くのに税関を経由する必要がある

(5)EU最大の金融国であるという地位を失ってしまう、、、

 

簡単に言うと、イギリスがEUを離脱することによって、EU内での「人・物・お金」の移動の【自由】を失ってしまいます。今までは、EU最大の金融国として、EUの中でもドイツに次いで2番目に影響力のあった国だったのに、いざEUから離脱してしまうと、ヨーロッパの片田舎の1か国へと転落してしまいます。

 

今までイギリスがEUの1か国だったからこそ本社を置いていた企業がドイツに移って行きます。ヨーロッパ最大の金融都市がロンドンからフランクフルトに移ってきます。イギリスは農業に向いていません。工業は衰退しています。金融で成り立っている国です。その唯一の強みであった

 

 

ヨーロッパ最大の金融国という地位まで、今、まさに失おうとしています

 

 

つまり、今から2年半前の2016年6月の国民投票の意思決定はどう考えても合理的な意思決定ではなかったわけです。当時のイギリス国民は、EUを離脱することのデメリットへの認識があまりに甘かったと言わざるを得ません。

 

イギリスは世界の中での地位が低下し続けているとはいえ、今のイギリスはまだ世界第5位、EUでは第2位の経済大国です。それは、EU最大の金融国だからこそ保つことができている地位です。もし、イギリスがEUを離脱すれば、その地位は確実に低下します。

 

もう1度、国民投票をし直すことが唯一、合理的な解

 

メイ首相は、首相になる前は元々、EU残留派の方でした。ただ、国民投票の決定を尊重するために首相になったら一転して、イギリスのEU離脱の方針で一貫して政治努力を続けてきました。しかし、

 

合理的ではない意思決定は、途中、どれだけ努力しても合理的に変えることはできません

 

「朝令暮改」という日本語は、朝の命令を夕方には改めるという意味です。

この「朝令暮改」は一貫性を欠いているということで日本語では否定的に解釈されることがありますが、実際の企業経営では「朝令暮改」は悪いことでは全然ありません。むしろ、日常当たり前に行われていることです。

なぜなら、

 

朝の時点で得ることができていた情報と、夕方の時点で得ることができていた情報が違うから

 

人は、常に不十分な不完全情報の中での意思決定をし続けています。全てを知った完全情報の中で意思決定をすることは絶対にできません。だから、朝の時点では朝の時点で分かっている範囲内の情報を元に意思決定をしたわけです。

 

しかし、いざ時間が経って、少なくても朝よりも多くの情報を元に再度考えたら、朝の命令が最善でなかったとなれば、夕方に命令を改めるのは当然です。なぜなら大事なのは意思決定者の体面を守ることではなく、最善の結果を出すことだからです。

 

人は一貫性のある態度を見ると安心・安定を感じるので一貫的であることを好みます。一貫性のある指導者を意思の強い指導者であるように感じ、朝令暮改の指導者を見ると優柔不断な指導者であるように見なす傾向があります。しかし、それは、安心・安定を求める心理状態から見た姿であって、本当に大事なのは結果。

 

 

もし先に行った意思決定が合理的でなかったとしたならば、その意思決定を改めるのは当たり前

 

 

2年半前の2016年6月の国民投票による意思決定は、どう考えても合理的ではありませんでした。

 

政府の税収は経済に依存しています。もしイギリス経済が大きくなれば、税収も自動的に大きくなりますから、増大する社会保障関係費に関する問題解決の道を見出すことができる可能性もありますが、もし経済が縮小すれば税収も確実に減ります。支出が増えていく中で経済が縮小したら、もう合理的な解決策を見出すことはできません。絶望的です。

 

イギリスがEUの離脱をしようとした理由は移民問題でしたが、しかし、それはEUを離脱することによるメリットだけを見た意思決定でもあったと言わざるを得ません。デメリットの方を軽視していました。つまり合理的ではなかったということです。だったら、もう1度、国民投票をし直せばいい。今度は、イギリス国民は持っている情報が違いますから違った意思決定をし直すでしょう。

 

一転して、EU残留という意思決定をすれば、イギリスは世界第5位の経済大国にして、EU最大の金融国という地位を当面は維持できます。もし経済全体の規模を大きくしていくことができれば、政府は税収を増やしていくこともできます。結果、将来に絶望することなく問題解決を通じて

 

明るい未来を見出すことができる可能性も出てきます

 

 

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

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ペルソナとは?マーケティング面で分かりやすく

 

白坂です、

 

文章のご確認、感謝しています。

ありがとうございます。

 

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さて、

 

ペルソナとは?

 

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ペルソナとは?

>「ペルソナとは仮製品やサービスのユーザー像を仮想の人物として定義したものをいう。実際のユーザーにはさまざまな人が含まれるが、ペルソナではその中で最も重要な人物像に焦点を当てることによって、具体的なユーザー像をイメージしやすくなるメリットがある。」

 

(ブランド用語集より一部引用)

 

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ペルソナとは、元々は【仮面】という意味です。

なので、実際は存在していないけれど、まるで存在しているかのように仮想の人物を設定することを、マーケティング面で【ペルソナ】と呼んでいます。

 

では、「なぜ仮想人物であるペルソナを設定することが大事なのでしょうか?」

 

もし仮想人物であるペルソナを設定しなかった場合、人が誰かに何かを売ろうとした場合に、みんなに売れるような商品を作ろうとしてしまいます。なぜなら全世界76億人とか、日本人1億2千6百万人全員を対象にした商品を作った方が対象者が多いので、まるでたくさんの人に買ってもらえるような気がしてしまうからです。

 

たしかに、みんなが等しく求めている物理的な日用品であればみんなを対象に商品を作った方がいいかもしれません。スーパーやコンビニで扱っているような食料品であれば1人でも多くの対象者を商品を開発した方がいいかもしれません。

 

しかし、スーパーやコンビニで扱っているような日用品は、究極、価格勝負です。どれも同じようなものであれば、消費者が「どれを買おうかな?」と考えた時に、まず100%価格を見ます。そして、「高いコチラよりも安いコッチを買おう」という判断になります。

 

と言うことは、消費者とは反対である商品の提供者である企業からすると、出来るだけ安く製造する必要があります。出来る限り大量生産をすることで、商品1個あたりにかかる固定費を下げ続けるしかありません。つまり、ペルソナという仮想の人物を設定せずに、みんな全員を対象にしたビジネスが成立するのは、

 

・商品が誰もが共通で求めている日用品で

・しかも大量生産をすることで

・価格勝負でも勝てる場合のみ

 

です。

 

もし、商品がスーパーやコンビニで扱っているような食料品のような日用品ではない場合は、みんなを対象とするという事は成り立ちません。なぜなら、人は食べなければ生きてはいけませんが、サービスは受けなくても生きていけるからです。つまり、食料品などの日用品以外は全て贅沢(ぜいたく)品であり、買いたい人だけが買う商品だということです。

 

 

贅沢(ぜいたく)品は、買いたくない人にまで買ってもらうことは出来ない

 

 

贅沢品は買いたい人だけが買うものです。

であれば、買いたい人にだけ買ってもらうという考えが大切になっていきます。

たとえば化粧品。

 

化粧品というのは、みんなが欲しいと思っている商品ではありません。

基本、男性は欲しいと思っていません。なぜなら、女性には「美しくなりたい」という根源的な欲求がありますが、男性には「美しくなりたい」という本能がないからです。だから、化粧品というのは、みんなを対象にすることは出来ません。対象として男性を考える必要がありません。

 

にもかかわらず、女性向けの化粧品の売上が下がってしまった時に経営者にマーケティングの視点がない場合は、市場を広げようと考えてしまうわけです。「女性向けの化粧品市場が飽和してしまっているから、男性向けの化粧品を作ろう!」などと考えてしまうわけです。

 

 

上手くいくはずがない

 

 

女性には「美しくなりたい!」という本能があります。しかし、男性には「美しくなりたい」という根源的な欲求がありません。欲しくない人に買ってもらうことは出来ないのです。

 

仮に大企業が、自分たち企業のブランドの力をフルで使い、ものすごく多額の広告宣伝費を使ってマーケティングを仕掛ければ、無理やりである程度は売るということができるかもしれません。しかし、欲しくない人に買ってもらうというのはやっぱり無理やりなので、経費ばかりかかって全然儲からないのです。

 

たとえ、化粧品の売上が下がってきたからといって、市場を女性だけではなく男性にまで広げるというのは愚策。人間である顧客を無視した机上の空論です。だから、日本の化粧品企業は一時、非常に厳しい経営状況にまで追い込まれました。化粧品の日本最大企業は資生堂ですが、かつて国内の工場が6つあったのを3つまで縮小せざるを得なくなったわけです。

 

しかし、資生堂は外部からプロ経営者を連れてきました。魚谷雅彦(うおたに まさひこ)社長です。かつて日本コカコーラの社長として業績を伸ばした実績を持つプロ経営者です。つまり、マーケティングをよく分かっている社長が資生堂の新しい社長になったわけです。

 

新しい魚谷社長は、「資生堂を6年後に1兆円企業にする」というビジョンを掲げました。そして、市場を女性から男性に広げるのではなく、女性の中でも高級志向の女性に逆に絞ったのです。そして、新しいブランドを立ち上げました。

 

SHSEIDO GINZA TOKYO

 

資生堂から「SHSEIDO GINZA TOKYO」としたわけです。

・化粧品を男性にまで広げるのではなく女性に絞った

・女性の中でもさらに高級志向の女性に絞った

・日本全国の普遍的なイメージから、東京、しかも銀座に絞った

そして、

 

SHSEIDO GINZA TOKYO」を全世界に通用するグローバルブランドへと育てて行った

 

 

具体的には、国際空港に出している店舗作りに力を入れました。

羽田、成田、関空、、、などの国際空港に出していた店舗を、「SHSEIDO GINZA TOKYO」の魅力的な店舗へと革新して行ったわけです。

 

そして、それが当たりました。

 

日本への観光客数は右肩上がりです。今までだったら経済状況から日本へ観光に来ることができなかった中国や東南アジアの観光客が「SHSEIDO GINZA TOKYO」に触れる機会が格段に増えました。海外旅行からのお土産として、「SHSEIDO GINZA TOKYO」の化粧品を試しに買って帰るようになったわけです。

 

品質の高い商品は試してもらえたら勝ち

 

中国人が自国で買っていた今までの化粧品と、海外旅行のお土産として買って帰った「SHSEIDO GINZA TOKYO」の化粧品を比べてくれたら、後は品質勝負。もちろん、「SHSEIDO GINZA TOKYO」の方が品質が高い。だから、

 

中国人の女性たちが自分たちが美しなるための化粧品を「SHSEIDO GINZA TOKYO」に切り替え始めた

 

結果、資生堂の新社長である魚谷社長が掲げた「6年後を資生堂を1兆円企業にする」とビジョンは3年も前倒しされて2017年度決算で達成されました。同じ企業です。かつて国内の化粧品工場を6工場から3工場まで縮小していた会社です。その企業がマーケティングが分かっている社長が新しく就任しただけで、わずか3年でV字回復しただけではなく、しかもビジョンを達成することができたわけです。

 

みんなを対象にするというのは素人経営の典型

 

資生堂の勝因は対象者を広げたのではなく、逆に、絞ったからです。

・化粧品を男性まで広げるのではなく女性に絞った

・女性をさらに高級志向の女性に絞った

・日本全国の普遍的なイメージから、東京、しかも銀座に絞った

 

資生堂の化粧品よりも「SHSEIDO GINZA TOKYO」の化粧品の方が対象は絞られました。誰でも気軽に変える普遍的な化粧品ではなく、美しくなれるのであれば高額を投資できる高級志向の女性に絞ったわけです。

だから、資生堂が売上1兆円を達成することができたのは、客数が男性にまで広がったからではなく、1人・1人の女性が投資してくれる客単価が上がったからです。

 

資生堂ほどの日本国内化粧品1位の大企業でさえ絞ったわけです。高級志向の女性に絞ったわけです。まして、2位以下の企業や中小企業が、みんなを対象に商品を提供して上手くいくはずがありません。

 

 

「対象者が多ければ多いほど売れるのでは?」は、幻想

 

 

たとえ対象者が多かったとしても、成約率が低ければ、結局、売れない。たとえ対象者が1,000人いたとしても、成約率が0%だったら購入者はゼロ名です。それくらいだったら、たとえ対象者が半分の500人だったとしても成約率が1%だったら購入者は5名です。自社が扱っている商品がスーパーやコンビニで置かれるような日用品ではない限り、経営者が考えるべきは「対象者の多さ」ではなく【成約率】です。

 

 

もし、需要がわずか5万人でも強い要望があったのであれば、ビジネスとしては十分に成り立つ

 

 

日本国内1億2千6百万人のうち、わずか5万人。0.04%。1万人にたとえ4人しか求めていなかったとしても、その5万人が心の奥底から求めているものであれば、ビジネスは十分に成り立ちます。5万人といえば、東京ドーム満員くらいの人数です。もし5万人で満員になっている東京ドームの中で、その5万人が興味・関心を持っている商品で出店できたとしたら、

 

 

まず確実に儲かる

 

 

だから、商品を開発するのであれば、

・男性と女性の両方を対象にする必要は全然なく、

・20代と60代の両方を対象にする必要は全然なく、

・経済的困窮者と富裕層の両方を対象にする必要は全然ありません。

たとえば、

 

 

40代で経済的富裕層の経営者という絞られた対象者でもビジネスは十分に成立する

 

 

みんなが何となく欲しいかもしれない商品ではなく、たとえごく限られた少人数だったとしても、その少人数の人が心の底から求めている商品の方が実際は儲かります。扱っている商品がスーパーやコンビニで置かれるような日用品ではない限り、経営者が考えなければならないのは対象者の多さではなく、成約率

 

 

成約率が1%が2%になったら、売上は2倍で利益は4倍

 

 

売上が2倍になると利益は2倍ではありません。4倍になります。なぜなら、元々の売上は経費の支払いで消えていたのに対して、新たに増えた売上はそのまま利益になるからです。

 

1人でも多くの対象者に商品を開発した方が上手くいきそうな気がするのは幻想。実際は絞った方が上手く行きます。仮想人物であるペルソナを明確にできれば・できるほど、そして、そのペルソナが心の奥底から求めている問題解決に役立つ商品を提供できたとしたら利益目標を達成できます。すなわち、

 

 

大成功していくことができます

 

ペルソナとは?

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

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パレートの法則をわかりやすく

 

白坂です、

 

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さて、

 

パレートの法則をわかりやすく

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

『パレートの法則』

>「ほとんどの生産活動においては、全活動のおよそ20% ほどのわずかな部分が、結果の大部分(80%)を担っているという原則。80/20の法則という別名がある。」

 

(『法則の辞典』より一部引用)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『パレートの法則』に関して1番イメージしやすいのは、ボーリングのヘッドピンだと思います。

ボーリングの10本のピンの重要性は同じではありません。1番ピンが1番大事です。なぜなら、

 

1番ピンさえ倒せたら平均8本くらいは倒すことができるから

 

もし10番ピンを狙ってボールを10番ピンに当てることが出来たとしても、10番ピンだけ1本だけが倒れるかもしれません。しかし、1番ピンさえ倒すことが出来たら平均で8本は倒すことが出来ます。1番ピンを狙うというのは圧倒的に効率が良いです。

 

このボーリング以外にも、ありとあらゆる現象の中に、ボーリングでいう1番ピンが存在しているというのが、『パレートの法則』です。

 

・上位20%のトップセールスマンが売上の80%を上げている

・上位20%の時間の使い方が成果の80%を上げている

・上位20%の顧客が利益の80%をもたらしてくれている、、、、

 

たとえば、

上位20%の時間の使い方が80%の成果を上げているというのであれば、上位20%の時間の使い方は効率が「4倍」です。一方、下位80%の時間の使い方は20%の成果を上げることにしかつながっていません。効率は「4分の1」です。「4倍」と「4分の1」の差を比べたら、効率は

 

 

【16倍】

 

 

つまり、物事の本質に取り組んだ場合は、枝葉のものに取り組んだ場合に比べて、【16倍】効率良く成果を上げることができるということです。

 

この『パレートの法則』というのは、法則という名前がついてはいますが、『万有引力の法則』のような物理的な法則ではありません。「地球上であれば物は100%落ちます」から『万有引力の法則』は物理的な法則です。しかし、『パレートの法則』は、経験則です。つまり絶対的ではありません。例外もありますし、偏りがいつも・いつも80対20になっているわけでもありません。90対10とか、97対3という場合もあります。

 

ただ、

例外があるからとか、「80対20」という数字が絶対的な比率ではないからといって、この『パレートの法則』を無視するのは非常にモッタイないです。要するに、物事の重要性は決して均等ではなく、

 

 

ボーリングの1番ピンを倒すことに集中すると効率が良い

 

 

ということです。

 

たとえば、ホームページにおける「内容」と「デザイン」の重要性は50対50ではありません。『パレートの法則』が当てはまります。重要性で言えば、「内容が80」で「デザインが20」です。内容が価値あるものであれば、ホームページのアクセスは複利的に大きくなって行きますが、もし内容に価値がなければ、たとえどれだけデザインに凝ったとしても、アクセスは増えていきません。

 

であれば、1番最初に磨きをかけるべきは内容であり、文字情報で80%の成果を上げられるようになってから、残り20%の成果を上げるために後からデザインに力を入れるという順番が正解ということになります。

 

また、

 

企業というのは小さければ・小さいほど経営の効率がよくて、大きくなれば・なるほど経営の効率が落ちていきます。なぜなら、企業が小さいということは人数が少ないので最も重要な本質に集中せざるを得なません。つまり、ボーリングの1番ピンに集中できるわけです。だから、20%の重要事項を一生懸命にやるので、すぐに80%の成果を上げることができます。

 

しかし、大企業になれば、その業務において重要なところは既にカバーされています。さらに業績を上げて行こうとしたならば、今まで取り組まれていなかった細かい問題に対応せざるを得ません。極論、たくさんのお客様がいる中で、たった1人のたったつの1つの苦情にさえ対応しなければならなくなります。

 

たった1人のたった1つの苦情に対応するために、時間を使ったり・お金を使ったりしなければならなくなります。そのたった1人のたった1つのクレームに対応するために、以後で守らなければならなくない規則が増えていきます。結果、大企業になればなるほど、非効率になっていってしまうわけです。

 

だから、理想的な企業というのは大きな組織ではないわけです。滅多に発生しない例外に対応するような人が増え過ぎてしまうと、究極的に非効率になります。いわゆる大企業病です。働いている1人・1人がやる仕事があまりに細か過ぎている場合は、お客様にとってものすごく不便ですし、企業からしても暇にしている人にも給料を払わなくてはいけないので良い経営を行い続けることができません。

 

 

企業が目指すべきは最大ではなく最適

 

 

大きな組織というのは見た目が大きいので、一見、安定感があり、一見、強そうですが、必ずしも安定しているわけでもなければ必ずしも強いわけでもありません。恐竜のように、たった1つの環境変化によって一気に絶滅してしまうということも起こります。

 

基本、企業は持続的な成長を目指して経営が行われるものですから、大きな企業を目指していくのは自然です。しかし、大きな企業を目指すとしても必ずしも最大が最善というわけではありません。大きくしながらも、常に、「今の組織規模は【最適】か?」を問い続ける必要があります。

 

「組織に1人の人が増えた場合に、どれだけ成果が大きくなるか?」を常に確認し続けることが大事です。たった1人のたった1つの苦情に対応するのに、多くの人・多くのお金を投入しなければならなくなっているとしたら、明らかにオカシイです。会社に80%の利益をもたらしてくださっている上位20%の優良顧客に対しての対応が疎かになっている可能性があります。

 

常に、成果の80%につながる上位20%に集中すること

 

物事の重要性というのは、全てが均等ではありません。バラツキがあります。偏りがあります。

だから、いろいろな課題に対して経営資源を均等に使っている会社の業績は平凡で終わります。

社会にはバラツキが存在しているという前提に立って、重要事項の20%に経営資源を一点集中できる企業こそ持続的に成長していきます。結果として、

 

偉大な企業へと飛躍していきます

 

パレートの法則をわかりやすく

 

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白坂慎太郎

 

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ボトルネックの意味をわかりやすく

 

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さて、

 

ボトルネックの意味をわかりやすく

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ボトルネックとは?

>「瓶の首の意

生産活動や文化活動などで、全体の円滑な進行・発展の妨げとなるような要素。」
 
(大辞林 第三版より一部引用)
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ボトルネックとは、

太い所と細い所の両方があった時の細い所です。

 

たとえば、

 

自動車を運転しているとします。

最初の頃は2車線の道路を走っていたのでスイスイと運転できていたのに、道路が2車線から1車線になったら、急に車が混んでしまってノロノロ運転になってしまったとします。そうすると、1車線の部分がボトルネックということになります。

 

同じように、高速道路を走っていた時にスイスイ走っていたのに、急に車が混んでしまってノロノロ運転に変わってしまったとします。その場合は、どこかにボトルネックがあるということです。たとえば、料金所であったり、または、事故発生現場だったり、、、です。料金所がボトルネックになって他の全ての自動車がほとんど進めなくなってしまったわけです。

 

 

ボトルネックが全ての生産性を下げている

 

 

たとえば、

 

トライアスロンという競技があります。

最初に泳いで、次に自転車で走って、最後に走るという競技です。

なので、もしトライアスロンで完走しようと思ったら、自分は泳げて、自転車に乗れて、走れるという3つの能力を必要とするということになります。

 

では極論ですが、たとえば自分は自転車に乗れないとします。泳げるし、走れるのだけれど、自転車に乗ることは出来ない。では、このような状態でトライアスロンで完走することが出来るでしょうか?もちろん出来ません。自転車に乗れないからです。自転車という競技がトライアスロンを完走するためのボトルネックになっています。

 

にもかかわらず、

人は、なぜか得意な水泳と走るばかりを練習しようとする傾向があります。

「もっと、速く泳げるようになった方がいい。」

「もっと、速く走れるようになった方がいい。」、、、と考えて、一生懸命に泳ぐ練習をし、走る訓練をしてしまうのです。

 

しかし、どれだけ泳ぐ練習をしたとしても、走る訓練をしたとしても、トライアスロンで完走できるようにはなりません。なぜなら、ボトルネックである自転車というのが全く解消されていないからです。もしトライアスロンで完走するという目標を達成するために集中的に取り組まなければならないのは、水泳でもなければ走ることでもなく、自転車に乗れるようになる、ということです。

 

 

もし、ボトルネックが解消されたら生産性が一気に向上します

 

 

ここで、「放置していてもいい苦手」と「何が何でも解消しなければならないボトルネック」の区別をつける必要があります。

 

一般的に、経営においては「苦手には取り組まない」ということが原則です。

得意なことと苦手なことの両方があった場合は、苦手なことを斬り捨てて得意なことに集中するというのが王道です。理由は簡単で、

 

・苦手を普通するよりも得意を一流にする方がはるかに簡単だから

・苦手を普通するよりも得意を一流にする方がはるかに簡単だから

・苦手を普通するよりも得意を一流にする方がはるかに簡単だから

 

経営においては生産性が全て。苦手なものを一生懸命に取り組んで何とか普通にしようとしても決して強みになりません。であれば、苦手なことには自社は一切に取り組まずに、得意なものを一流にするために持っている経営資源を全て集中させる。そして、「あれは出来ない」「これも出来ない」「しかし、これだけは我が社が圧倒的に1番!」として、競争に勝つというのが競争戦略の原則中の原則です。

 

だから、「苦手なものには取り組まない」というのが原則です。

苦手なものがいくつあっても全然関係がありません。

たった1つの一番があれば、それだけで競争に勝てるというのが経営です。

 

ただ、この「苦手なものには取り組まない」というのは、1つ・1つが独立している場合の話です。

 

たとえば、家事が苦手でビジネスが得意だった場合、苦手な家事を斬り捨てて・得意なビジネスに集中するというのが戦略です。家事は家事が得意な人に委任すればいい。自分が得意なのはビジネスなのであればビジネスに集中する。そうすれば生産性が最大になります。

 

この「苦手なものには取り組まない」という原則が当てはまるのは、1つ・1つが独立している場合です。苦手なものが連続の流れの中には「ない」場合です。

 

一方、

 

ボトルネックは違います。ボトルネックは連続している流れの中に苦手がある場合です。流れの中でどうしても通ることが避けることが出来ない部分をボトルネックと言います。家事は苦手でビジネスが得意だからビジネスに集中しているのだけれど、そのビジネスの中そのものに苦手がある場合はボトルネックです。放置できません。

 

 

集中して取り組んで何が何でもボトルネックを解消しなければならない

 

 

トライアスロンによって、「泳ぐ」「自転車」「走る」は独立していません。連続しています。何か1つが全く出来なかった場合、トライアスロンで完走することは絶対に出来ません。だから、たとえ「泳ぐ」と「走る」が大得意で、「自転車」は全く乗れなかったとしたら、何が何でも「自転車」にも乗れるようになる必要があります。

 

同じように、

 

ビジネスにおいては、「集客」「販売」「商品提供」というのは独立していません。【集客して、販売して、商品を提供する】は、連続しています。何か1つが全く出来なかった場合、ビジネスで成功することは絶対に出来ません。この「集客」「販売」「商品提供」の1つが圧倒的に苦手だったとした場合、その苦手は決して放置できないわけです。

 

にもかかわらず、

 

得意な商品提供にだけ経営資源を使い続け、苦手な集客や販売を放置している企業が95%

 

「売上が上がらないのは、商品が良くないからだ。だから、もっと良い商品を作ろう」

「売上が上がらないのは、商品が良くないからだ。だから、もっと良い商品を作ろう」

「売上が上がらないのは、商品が良くないからだ。だから、もっと良い商品を作ろう」、、、

 

日本の経営者の95%は職人型経営者です。だから、頭で考えていることは、いつも・いつも商品のことばかり。だから、物事が上手くいったら「商品が良かったからだ」と考え、物事が上手くいっていない時は「商品が良くないからだ」と考えてしまう。それは、

 

 

自転車に乗れないからトライアスロンに完走できていないのに、もっと得意な泳ぐ練習をしようとしているのと全く同じ

 

トライアスロンにおいて「自転車」は放置していい苦手ではないわけです。ボトルネックですから。全ての生産性を著しく下げている問題の根源ですから。たとえ苦手だったとしても、一度はボトルネック解消に向けて全力で取り組まなければなりません。

 

同じように、

 

ビジネスにおいて、「集客」「販売」「商品提供」は独立していません。連続しています。この3つの中に何か1つでも出来ないという苦手があった場合は、成功をすることは絶対に出来ません。だから、

 

 

ボトルネック解消に全力を上げる必要があります。

 

 

方法は、究極2つあります。

・1つは、「外注するか?」

・もう1つは、「自社で出来るようになるか?」

 

外注と内製は一長一短です。一概にどちらが絶対的に良いということはありません。

だから、自分たちは得意な商品提供に集中して、苦手な「集客」と「販売」は外注するというのも立派な選択肢です。

 

または、自分たちは本当は「集客」と「販売」は苦手なのだけれど、自信がある商品を何が何でも社会に広げて行きたいから、「集客」と「販売」に経営資源をある時期に一点集中させて苦手なものを一気に出来るようになるというのも立派な選択肢です。「外注」または「内製」の何れにしても大事なことは、ボトルネックが全ての生産性を下げているので、

 

 

ボトルネックを解消することで生産性が一気に飛躍する

 

 

ということです。

 

もし高速道路の渋滞の原因が料金所にあるというのであれば、料金所をなくせば、問題は一気に解決します。今までスイスイ運転できていたのであれば、渋滞の原因になっていた料金所がなくなったために、運転している間中でずっと快適に運転し続けることが出来ます。物流を中心に、社会全体の生産性が一気に向上します。

 

同じように、

 

「集客」「販売」「商品提供」の1つ・1つは独立していません。連続しています。もしこの3つの中にただの1つでも苦手があった場合、その出来ないことが会社のボトルネックになっています。そのボトルネックを放置したまま、得意な商品提供ばかりに経営資源を使っていても決して生産性は向上しません。もし生産性が向上するとしたら、得意な商品提供に集中した時ではなく、ボトルネック解消に集中した時。

 

「商品提供」に自信がある企業が、今まで苦手にしていた「集客」や「販売」というものに経営資源を集中させて、ボトルネックを解消することが出来たら生産性が一気に飛躍的に上がります。

 

本当に素晴らしい商品が社会に大きく広がって行きます。

 

ボトルネックの意味をわかりやすく

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。

 

白坂慎太郎

 

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大人と子供の境界線【後編】

 

白坂です、

 

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さて、

 

大人と子供の境界線【後編】

 

前回の【前編】では、
子供であるうちは子供らしいということが1番大事であり、「やりたい!」と感じたことは全部やって、「なりたい!!」と思ったことは、実際になってみることが大切だというお話をさせていただきました。なぜなら、欲は抑えることでは決して消えず、

 

欲は満たすことで初めて消えるから

 

だという説明もさせていただいております。

 

だから、もし子供の時に「こういうオモチャが欲しい!」と感じたならば、何が何でも、そのオモチャを手に入れてみる。そして、自分の欲求を実際に満たす。

 

そうすれば、

 

「こういう車が欲しい!」というのも満たすことができるようになりますし、「こういう家に住みたい!」というのも満たすことができるようになります。同じエネルギーですから。

 

「こういう車に乗りたい!」という欲求や、「こういう場所に乗りたい!!」という夢など、思いつく限りの夢をかなえていくと、欲が満たされます。

 

すると、いい意味で飽きてくるわけです。これも、子供がオモチャで遊んで・遊んで・遊んで、、、をやってくると飽きてしまうのと、全く同じエネルギーです。

 

欲求というのは不足感です。
ある何かが欲しいというのであれば、その欲しい理由はただの1つだけ。自分は十分に持っていると感じていないから。

 

基準は、他者との比較ではなく、自分の夢との比較です。
たとえば、日本人の平均年収約420万円というのは、世界で言えば25位くらいなので、他の170か国の人たちに比べれば、十分なお金を稼いでいるということになります。

 

しかし、それは他の170か国と比べた時に十分なのであって、実際、もし自分が平均年収約420万円だったら、十分なお金を稼いでいるとは感じられない人が多いのではないかと思います。やっぱり年収1,000万円くらいは欲しい。

 

・今は、年収420万円

・だけど、年収1,000万円は欲しい

・だから、580万円の不足感を感じている→【やる気】

 

で、

 

もし実際に、「年収1,000万円を稼げるようになったとしたらどうなるでしょうか?」当然ですが、「年収1,000万円になりたい!」という欲求は消えます。なぜなら、もう満たせていますから。

 

その場合、「年収1,000万円ではなく年収2,000万円になりたい!」という欲求があれば、まだお金を稼ぐということに対して【やる気】を感じられますが、「年収1,000万円あれば、もう十分。満足。」と思ったら、お金を稼ぐことに対しては【やる気】は感じられません。

 

つまり、
その基準というのは、あくまで本人なりの基準であり、他者との基準ではないということです。本人が不足を感じていれば【やる気】は出てきますが、本人が不足を感じていなければ【やる気】は出てきません。だから、

 

もし、自分なりに十分に満足していれば【やる気】は出てこない

 

・「こういう車に乗りたい!」→「実際に乗れた!」→やる気が消える
・「こういう家に住みたい!」→「実際に住めた!」→やる気が消える
・「これくらい稼ぎたい!!」→「実際に稼げた!」→やる気が消える、、、

こうして、
自分なりに満たしたいと感じることを一通り全部満たせるようになると、

 

個人的なやる気が全部消える

 

わけです。
この段階まで至ると【精神的】な子供の卒業です。
逆の言い方をすると、ここまでは【精神的】な子供のままの方が実際に到達できます。もちろん、人によって個人差がありますが、一般的には、

 

年収2,000万円までは【精神的】に子供の方が達成しやすい

 

よく、「使命」とか「ミッション」とかを探している人がいますが、もし欲しいのがお金だったら、しかも、年収が2,000万円くらいまではぶっちゃけ「使命」も「ミッション」も全然要らないです。逆に、「私は自分の使命が見つかりません」と言っている人は、正直、厳しい。

 

年収2,000万円までは、「お金持ちになりたい!」だけで、OK

 

お金持ちになるのは、論理的には簡単ですから。
「売ればいい」のです。

 

・人が必要としているものを、
・実際に必要としている人に対して、
・「売る」だけ。

 

もし年収2,000万円まで達成していないとしたら、それは単に「売る」という行動をしていないから

 

・勉強したり
・異業種交流会に参加したり
・みんなでアイデアを出し合ったり、、、はしているかもしれないけれど、

「売っていない」。売っていないから売上が上がっていないというだけ。

 

「お金持ちになりたい!」から「売りました!!」で年収2,000万円までは達成できます。

 

使命とかミッションとか、理念とかが重要になってくるのは、個人ではなく組織でやっていこうとしている時。1人だったら自分の好きなようにやれば良かったとしても、複数の人で一緒に何か大きなことをやろうとした場合は、

 

共通の判断基準が何らか必要になる

 

・「『わたしたち』の現状はこういう状況で、
・ 『わたしたち』はこういう状態を共通で目指していて、
・ 『わたしたち』は、いざという時は、こういう共通の価値観で意思決定をしていきましょう!」

 

要するに、

 

人をまとめたり、導いたり、みんなと力を合わせて一緒にやっていく段階になると、使命とかミッションとか、理念というの【も】大事になっていくということです。もし何もないと、みんながバラバラで意思決定をしてしまうので、組織がヒッチャカ・メッチャカなってしまうから、です。

 

しかし、まだ自分1人でやっているというのであれば、ぶっちゃけ使命もミッションは要りません。まして、理念なんて全然必要ありません。「お金持ちになりたい!」から「売っています」で、OKです。

 

年収2,000万円くらい稼げるようになると、よほどの贅沢をしない限り、ほぼ、実現したいと思っていたことは実現できるようになっています。それこそ、「好きな時に、好きな場所で、好きなことを、好きな方法で、好きなだけやる」ということも出来るようになっているはずです。それで、

 

とりあえず、自分が満たしたいと思っていたことを実際に満たしてみる

 

そうすると、かつては憧れだった状態に対しても、いい意味で飽きてくるわけです。
結果、今までは湧き上がって来ていなかった新しい欲求が出てきます。すなわち、

 

貢献

 

かつて満たしたいと思っていた状態を1度全部満たしてみると、その欲求が消えます。そして、消えた欲求の代わりに、新しく出てくる欲求が「貢献」です。ここから初めて、綺麗事が本気で取り組みたいことになってくるわけです。

 

今までは「自分のため」に頑張っていたけれど、これからは「自分のため」に加えて、「世のため」、「人のため」に【も】、頑張っていきたいな、と。

 

「三方よし」を目指して、人との協力を始めて行く

 

自分1人で成し遂げられる状態を超えて、もっと大きなものを成し遂げていこうとすれば、人との協力も必要になっていきます。

 

そして、人と協力していこうとしたならば、精神が子供のままでは不可能です。何でもかんでも自分の思い通りにしたいというワガママでは、相手と良好な関係を築いて行くことは出来ません。「組織化」「投資」そして「子育て」の3つには共通点があります、それは、

 

気が長い

 

「子育ての結果というのは、一体、何年後に出るのでしょうか?」
「自分が親としてやっている今の子育ての結果というのは、一体、何年後に出るものなのでしょうか?」早くて、

 

18年後

 

いざ子どもが親元を離れて自立していこうとしていく時、「子どもはどんな人間として社会に出て行こうとしているのか?」早くて18年後です。しかし、実際は、

 

40年後

 

子どもが40才の時に「どんな1人の人間として社会で活躍し始めているのか?」40年後になると、流石に、「自分が親としての子育てがどのようなものだったのか?」が分かってきます。逆のことを言えば、それくらい経ってみないと、自分の親としての子育ての評価は出来ないということです。

 

この「子育て」と、「投資」や「組織化」というのは、同じです。すなわち、

 

気が長い

 

「今、やっていることは、一体、何年後のための行動なのか?」
少なくても、【精神】が子供のままでは、「子育て」はもちろん、「投資」も「組織化」も決して良い結果を生みません。

 

自分の思い通りにいかないことが起きるたびに、「ギャー!」「ギャー!」と感情を爆発させていたら、誰とも力を合わせることが出来ません。協力できません。「他人も、結果も、自分の思い通りにいかない」。

 

自分にできるのは、相手を思い通りに動かすことでもなければ、毎回・毎回、自分の思い通りの結果を得続けることでもありません。できることは、ただ、

 

「今、この時・この瞬間、最善の『行動』は何か?」

 

を判断し続けるだけ。

 

もし「今、この時・この瞬間、自分が最善だと考える『行動』を取っている」ということを実際にしているとしたら、たとえ相手が全然自分の思い通りに動いてくれていなかったとしても、たとえ結果が全く望んだものではなかったとしても、

 

結果を素直に受け止めて、目標達成に対して前向きに解釈する

 

【精神】が子供のままでも、子供として満たしたい欲求は満たすことが出来ます。いい車に乗れるでしょうし、いい家に住めるでしょう。「やりたい」と感じたことをとりあえず、全部、実際に「やる」こともできるでしょう。だから、【精神】が子供の時は子供として全力で生きて、そして、実際に満たすべきものを全部満たす。

 

そして、

 

いざ個人的な欲求を満たすことが出来たならば、今度は、1人の個人としてはどうしても満たすことが出来ない、もっと大きな社会的な課題に挑戦します。その挑戦は決して義務ではありません。挑戦したいから挑戦するわけです。

 

そして、解決しようとしている課題が大きければ・大きいほど、必要な人の協力も大きくなっていきます。そして、その協力を得る人が多ければ・多いほど、当然に、思い通りにいかないことも増えていきます。その時に、どれだけ

 

「気が長く待つことができるか?」

 

つまり、
本当に大きなことを成し遂げていくためには、

 

【自分は最速で動くけれど、結果に関してはとても気長に待つ】

 

という矛盾を両立していく必要が出てきます。
もし年収2,000万円くらいは自分1人でも稼げるようになっている人であれば、「自分が最速で動く」は出来るようになっていることでしょう。だから、「【精神】がどれだけ大人なのか?」ということは、

 

「結果が出るのをどれだけ気長に待てるか?」

 

に、かかってきます。

 

・育てたいのが、もやしなら1日待てば出来るかもしれません。
・育てたいのが、お米ならば1年待てば出来るかもしれません。
ただ、
・育てたいのが、桃や栗だったら3年待つ必要があるかもしれませんし、
・育てたいのが、柿だったら

 

8年

 

待つ必要があるかもしれません。
何れにしても、

 

【自分は最速で動くけれど、結果に関してはとても気長に待つ】

 

この矛盾の幅を大きく出来れば・出来るほど、その人は【精神的】に大人であると言えます。

 

・今日のために今日行動している人よりは、1年後のために今日行動している人の方が【精神的】に大人です。

 

・1年後のために今日行動している人よりは、8年後のために今日行動している人の方が【精神的】に大人です。

 

もし、【精神】が大人であれば・あるほど、より長い時間を待つことが出来るようになります。結果、より大きな時間の味方がつきます。人生や経営に「複利」の魔法が働き始めます。そして、

 

想像をはるかに超えた大きな成功を収めることができています

 

大人と子供の境界線【後編】

 

貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
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白坂慎太郎

 

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