作成者別アーカイブ: 白坂慎太郎

リスクとは何か?

白坂です、

 

リスクとは何か?

リスクというカタカナは、
色々な意味で解釈されています。
たとえば、

(1)
リスクとは危険性。
だから、

・危険なものはリスクが高い
・安全なものはリスクが低い

(2)
リスクとは変動幅
だから、

・変動幅が大きいのはリスクが高い
・変動幅が小さいのはリスクが小さい

(3)
リスクとは不確実性。
だから、

・不確実なものはリスクが高い
・確実なものはリスクが低い、、、

このように、
リスクというカタカナは
色々な言葉として解釈されます。

では、
リスクの本質は何なのでしょうか?

「何がリスクの大元になって
いるのでしょうか?」

リスクの根源になっているのは、

【時間】

つまり、
・短い時間はリスクが小さい
・長い時間はリスクが大きい

この
【時間】こそがリスクの本質。

たとえば、
銀行。

銀行の事業構造は

・預金金利と
・貸出金利の
・金利差で収益を得る

です。

なぜ
「預金者に支払う金利」と
「貸出者から受け取る金利」に
差があるのでしょうか?簡単です。

時間の差

銀行は預金者からお金を借りています。
しかし、預金者自身は、銀行に対して
長期でお金を貸しているという感覚は
ありません。なぜなら、

引出したい時は、いつでも引き出せるから

極論、
毎日、引き出そうと思えば引き出せます。

だから、
預金者は事実上、銀行にお金を貸していますが、
貸し手である預金者は長期でお金を貸している
感覚はありません。

預金者が採っているリスクは、
1日・1週間、1か月、、、というリスクであり、
10年・20年・30年、、、というリスクを
採っているわけではありません。

なので、
個人が銀行に預金という形でお金を貸しているのは、
あくまで「短期貸付」です。

一方、

銀行が企業にお金を貸したり、
個人に住宅ローンなどで融資したりするのは、
10年・20年・30年、、、単位です。

つまり、
銀行は、10年・20年・30年、、、
という

【時間】というリスクを採っています。

たとえば、
銀行が10年で貸す1,000万円は、

10年後はインフレやデフレなどで
価値が変わっているかもしれません。

もしかしたら、
10年後に1,000万円全額を
返済してもらえていないかもしれません。

銀行は長期というリスクを採っています。
だから貸出金利は高い。つまり、

リスクの本質は【時間】の長さ

だということです。

全く同じ結論のことを、
もう1例:「働き方」で考えてみましょう。

世の中には、
・時給で働く人もいます。
・日給で働く人もいます。
・月給で働く人もいます。

・年棒で働く人もいます。
・生涯資産で働く人もいます。

・時給で働いている方が
 採っているリスクは1時間です。

>「1時間、働きました。
  だから、1時間分の賃金をください。」

働く人が違ったとして、
結果の差が大きく出るでしょうか?
ほとんど出ません。

どれほど才能があって、
実力がある人だったとしても、
1時間で出来ることというのは
たかが知れています。

もし、
勝負が1時間勝負だったら、
誰がやっても、ほぼ同じ結果が出ます。

時給という
採っているリスクが1時間単位の場合、
他の給与体系に比べて、やはり得られる
報酬は小さくなります。

日給であれば、
1日という【時間】のリスクを採っています。

月給であれば
1か月という【時間】のリスクを採っています。

年棒であれば
1年という【時間】のリスクを採っています、、、

長い期間になれば・なるほど
どうなるでしょうか?
当然、

結果の差も大きくなります。

仮に、
時給で働いていた2人が、1時間後の成果としては
ほとんど同じ成果しか得られていなかっとしても、

いざ年棒で働いたら、1年後の成果には
大きな結果の差が出ているかもしれません。
理由は簡単で、1時間で出来ることは
たかが知れていたとしても、

1年だったら、結構なことがやれている

から、です。
言うまでもなく、

10年であれば大差です

1時間ごと、、、であれば、
・危険は少なく
・結果の振れ幅も小さく
・不確実性も小さい。だから

得られるリターンも、当然、小さい。

10年ごと、、、であれば、
・危険は大きく
・結果の振れ幅も大きく
・不確実性も大きい。だから

得られるリターンも、当然、大きい。

もし、
リスクの本質中の本質が
【時間の長さ】だということが
腑に落とせたとしたら、

短い時間での無理な要求はしなくなる

たとえば、
生まれたばかりの赤ちゃんは、
1年間で、とんでもなく成長します。

・首が座って
・寝返りが出来るようになって
・ズリバイが出来るようになって
・つかまり立ちが出来るようになって
・立って、
・歩いて、
・言葉を話し始めます。

しかし、
1年かかるものはかかります。

たとえ、どれほど才能がある子だったとしても、
どれほど優れた教育方法だったとしても、
1年を半年、半年を3か月、3か月を1か月、、、に
短縮していくことは出来ません。

昨日の赤ちゃんと、
今日の赤ちゃんであれば、
外見上の違いは、ほとんど気づけないほど
本当に微差です。

1年後の赤ちゃんに期待できることを
明日の赤ちゃんに期待することは出来ない。

このように、
もしリスクの本質が【時間の長さ】だと
本当に腑に落とせたとしたら、

ローリスク=ハイリターンという
都合の良いことは考えない。

短い時間しかかけないけれど、
大きな成果を上げられるなど幻想。

たとえ、
ギャンブル的なものに一時的に勝てたとしても、
マグレは2度・3度、、、と続かない。

いずれ、勝ったり・負けたり、、、となり
トータルでは、ちゃんと、投じた時間に
見合うリターンに落ち着いている。

リスクとは【時間の長さ】

もし、
大きなリターンを期待するならば、
最初から、長い時間を投じるつもりでいること。

・土地を耕し
・水を引き入れ
・田植えをし、
・草刈りや害虫駆除などの管理をしながら
・秋の収穫まで、かけるべき時間をかける

短い時間単位で効率よくリターンを
求め続けるのは、結局、ずっと時給単位で
働き続けるのと同じ。

投じている時間が短いということは、
採っているリスクが小さいということなので、
当然、得られるリターンも小さくなる。

本質は、
いつもシンプル。

リスクとは【時間の長さ】

大きなリターンを期待できるのは、
長い時間を投じた場合だけ。
つまり、得られる結果というのは、

「どれくらい先のために、何をやっているのか?」

に尽きる、
ということです。

 

リスクとは何か?

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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リーマンショックとは?わかりやすく

白坂です、

 

リーマンショックとは?わかりやすく

リーマンショックとは、
アメリカの投資銀行「リーマン・ブラザーズ」が
経営破綻をしたことをキッカケに始まった金融危機です。

投資銀行というのは、
預金銀行との対比で用いられる表現です。

・預金銀行:
 預金者のお金を預かって
 他者に長期で貸し出す。

・投資銀行:
 預金者のお金を預から【ない】で、
 投資家からの出資金を
 他者に長期で貸し出す。

普通の預金銀行は、
2つの理由で、
リスクの高い他者には
貸し出しが出来ません。

1つは、
預かっているのが預金者のお金だから。

もう1つは、
銀行は預金銀行は法律によって
厳しく規制されていたから。

一方、
リーマンショック前の投資銀行は、

・預かっているのが投資家のお金であること
もう1つは、
・預金銀行に比べて、当時は、法律によって
 あまり厳しく規制されていなかった

なので、
よりリスクの高い金融商品に投資をすることが
出来ました。

預かっているのが投資家のお金です。
そして、投資家は投資銀行に対して、
出来るだけ高いリターンを期待します。

だから、
投資銀行は、投資家の要求に応えて
高いリターンが期待できる
案件に投資をします。

ただし、
投資家も投資銀行も、

高いリターンを出来るだけ低いリターンで、、、
という矛盾した欲求を持っています。

リスクとリターンは一致しますので、
社会には、

・ローリスク=ローリターン
または、
・ハイリスク=ハイリターン

のいずれかしか、ありません。

しかし、
人の感情は時として、
世界のどこかには、

ローリスクだけどハイリターンがあるのでは!?

という期待をしてしまう。

だから、
当時の金融市場には、

【数学上】:「ローリスク・ハイリターン」の
案件を創っていました。

いわゆる、金融工学です。
具体的には、

・まず、とにかく
 出来るだけハイリターンの案件を創ること

・次に、
 ハイリターンの案件を1つの金融商品の中に
 出来るだけ沢山混ぜ合わせること

・沢山混ぜ合わせることにより
 商品の組合せによって分散効果が働き、
 【数学上】はリスクが下がる。
 

ハイリターンの案件として選ばれたのは、
返済能力の低い人たちへの貸付金を
証券化した債券。

アメリカという国には、
メキシコや南米の人たちが
「アメリカン・ドリーム」を夢見て、
毎年、たくさん移住して来ます。

移住して来た人たちも、
当然、アメリカで夢のマイホームを持ちたい。
ただ、現金一括では買えないので、お金を借りて
マイホームを買う。

移住者にお金を貸した銀行は、
お金を貸している債権を
証券化して金融商品にする。

その
金融商品の中でも、

特に、完済が難しそうなものに注目した

完済が難しそうな案件であれば・あるほどリスクが高い。
だから、そのリスクが高い金融商品を買う側は
当然に高いリターン(金利)を要求する。

こうして、
まず、

リターンが高い金融商品が完成する。

そして、
色々な地域の、色々な人たちに関する
金融商品が混ぜ合わされる。混ぜ合わされれれば
混ぜ合わされるほど、

分散されるので【数学上】は、リスクが下がる

結果、
・ハイリスク・ハイリターンの金融商品

・分散効果でリスクを下げる

・【数学上】ローリスク・ハイリターンの金融商品が売買される

リーマン・ブラザーズだけではなく、
他の大手の投資銀行も売買していました。

名だたる大手銀行が投資していることで
金融市場も金融商品を信用していました。
当時の、格付け機関も最上位ランクの

AAA(トリプル・エー)を与えてしました

・大手の名門投資銀行が取引をし、
・格付け会社もお墨付きを与えていたことで、
「ローリスク・ハイリターン」の金融商品が
全世界で売買されていました。

しかし、
金融商品の元々は、

完済が難しいと見込まれていた人たちのローン

です。

・ある人は、予想通りに完済できないかもしれない。
しかし、
・みんなが・みんな完済できないということはないはず、、、
だから、
・完済できない人がいても、誰かかが完済できれば
 債権そのものはプラスになるはず、、、

この
みんなに・広く・たくさん分散していれば
全滅することはないはず、、、という分散思考が
最悪の悲劇に繋がります。

すなわち、
【数学上】下げることが出来ていたはずの
リスクを

全く下げることが出来ていなかった

つまり、
対象になっていた人たちの、
ほぼ・ほぼ全員が

ローンが払えず、家出をしていた

最初の一報が出た瞬間、
投資銀行に投資をしていた投資家は
大パニックになりました。

リーマン・ブラザーズに投資をしていた
投資家たちは、大急ぎで、出資金の返還を
求めたわけです。

1850年(日本の江戸時代)に創業して
創業160年以上の歴史があった
リーマン・ブラザーズが、

ものの半日で経営破綻した瞬間でした。

リーマン・ブラザーズという1つの
投資銀行の破綻は、他の投資銀行、
さらに広く金融機関を次々と連鎖的に
経営破綻させる可能性がありました。

ただ、
1929年以来、100年に1度とまで言われた
2008年のリーマンショック。当の震源地であった
アメリカは、

わずか1年半後には、再び、経済成長に向かっていました

理由は、
アメリカ政府が、過去の1929年の世界恐慌以降、
やはり学びを得ていたからです。すなわち、

アメリカ政府が金融市場に積極的に関与して、
投資銀行のドミノ倒しを起こさせなかった

過去1929年の時の世界恐慌の時は、
アメリカ政府は、金融市場の「神の見えざる手」に
任せていました。しかし、待てど・暮らせど
不況が終わらず、街の失業者が減らなかった。

歴史から学んでいた政府は、
金融市場における「神の見えざる手」に依存せず、
積極的に関与しました。金融機関に多額の公的資金を注入し、
債務には政府保証を付けました。

ある意味、
大失敗した金融市場を、アメリカ政府は無理やり
助けることで、金融市場で起こった信用不安を
最小限に止めることに成功したわけです。

1929年の世界恐慌は、結局、
1939年の第二次世界大戦にまで
発展してしまっていたことからすると、

100年に1度と言われたリーマンショックは、
1929年の世界恐慌に比べたら、はるかに・
はるかに小さな損害に留められました。

なお、
もし、私たち投資家が「リーマンショック」から
学ぶべき本質的な教訓があるとしたら、

分散すれば安全とは言えない

ということ、です。

もし、
数多くのものに分散した結果、
とても複雑な金融商品の組合せになったならば、
そのカゴの中に盛られた卵は

一斉に全部割れて、全滅する危険性もある

ということ。

>「これだけ沢山のものに分散しておけば、
  どれかは、1つ、大きく当たるかもしれない!?」

>「これだけ沢山のものに分散しておけば、
  全滅することはなく、どれかは大丈夫だろう!?」は、

【幻想】

数が多すぎて・複雑・難解なものほど
危険の大きいものはない。

人の脳は、それほど沢山のものを適切に
理解することも・管理することも出来ない。
それくらいだったら、極論、

たった1つの卵から決して目を離さずに、
厳重に・厳重に管理していた方が、
よほど安全。

たとえば、
結婚相手は、基本、分散できない。
そして、何より、自分自身は、
決して分散できない。だから、

分散しさえすれば安全は【幻想】

アメリカ政府は、
過去1929年の世界恐慌以降の学びを
活かすことで、リーマンショックの被害を
小さく止めることに成功しました。

同じように、
投資銀行に投資をする投資家も、
また、過去の歴史を教訓として
学びを得ることが重要。

たとえ感情的には、
分散が安全に感じられたとしても、
過去の歴史が教えているのは、
出来るだけ数が少ないシンプルな

集中こそが成功最大の鍵

であるということは、
常に肝に銘じ続けていたいものです。

 

リーマンショックとは?わかりやすく

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

東芝問題 わかりやすく

白坂です、

今回のテーマは、
【東芝問題】です。

もし
興味・関心がありましたら
ご視聴ください。

 

東芝問題 わかりやすく

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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ダイバーシティとは?わかりやすく

白坂です、

 

ダイバーシティとは?わかりやすく

ダイバーシティは、
日本語に直訳すると

【多様性】

です。

ダイバーシティ(多様性)という考え方は、
よく「組織」で使われることが多いので、
以後、組織を例にダイバーシティ(多様性)に
関しての学びを深めていきます。

たとえば、
組織全員が、

・日本人
・男性
・正社員

の状況を、
ダイバーシティ(多様性):ゼロと
仮定してみましょう。

ゼロの状態から、
組織に女性が入り始めました。
すなわち、

・日本人
・男性と女性
・正社員

すると、確実にダイバーシティ(多様性)は
進んでいます。さらに、働き方として
正社員だけではなく、パートも入り始めました。
すなわち、

・日本人
・男性と女性
・正社員とパート

さらに、
日本人だけではなくアメリカ人も
組織に入ったならば、

・日本人とアメリカ人
・男性と女性
・正社員とパート、、、

こうして、
組織のダイバーシティ(多様性)は
進み続けます。

では、
組織のダイバーシティ(多様性)が
進めば進むほど、組織はどのように
なっていくのでしょうか?

究極的には2択です。

・あまりにまとまりがなく、
 組織そのものが崩壊してしまうか?

もしくは、

【まとめてくれる一強の独裁者】を必要とするか?

この
ダイバーシティ(多様性)を進めれば進めるほど
逆に、「一強の独裁者が生まれやすい」というのが
ダイバーシティ(多様性)における、究極の矛盾です。

私たち日本人は、
そのことを、政治で実感しています。

・政権を担当しているのが与党
・政権を担当していないのが野党

もし、
野党の方でダイバーシティ(多様性)が進んでしまい、
それぞれが、お互いに自分の主張をし始めると、
結局、

政権を担当している与党が選挙で圧勝する

なぜなら、野党の数が増えれば・増えるほど、
2位以下で票を食い合いしてしまい、
1つ・1つ全ての野党が、与党に対して
かなり弱い政党になってしまうから。

物理的には【2】が最も安定する

たとえば、
アメリカの場合、「共和党」と「民主党」です。
イギリスの場合、「保守党」と「労働党」です。
2大政党制です。だから、安定しています。

逆に、
野党が5つも・6つもあると、
それぞれが、それぞれで好きなように
主張し合ってしまいます。

だから、
不安定になりやすい。そして、
人は少しの不安定は刺激として許容するものの
過度の不安定には不安を感じますので、結局、

1番、強いものを支持する

これは、
政治だけでなく民間企業も全く同じ。

立場が違い、価値観が違えば、
当然、解釈も違います。
意見も違います。

だから、
ダイバーシティ(多様性)が進めば・進むほど
まとならなくなる。物事が進まなくなる。

不確実性が大きくなる

結局、
ダイバーシティ(多様性)が進んだ組織は、

・あまりにまとまりがなく、
 組織そのものが崩壊してしまうか?

もしくは、

【まとめてくれる一強の独裁者】を必要とするか?

だから、
本当にダイバーシティ(多様性)が
進んでいる組織というのは、

・社員レベルの現場:ダイバーシティ(多様性)

・管理職レベル  :官僚的

・経営陣     :独裁的

となっています。

社員レベルでは
色々な人種・信条・性別・年齢、、、の人が
一緒に仕事をしている。それだけ、色々な人が
働いていると、色々なアイデアが出てくる。

ただ、

意思決定の経営レベルでまで
ダイバーシティ(多様性)が進むということはあり得ない。
色々な人が参加している取締役会というのは、
何も決めず先送りを繰り返すだけの儀礼的な役割に堕ちてしまう。

たとえ、
色々な意見が上がってきたとしても、

・「やる」「やらない」
・「やめる」「続ける」、、、の
究極的な2択は

最終的には1人が決める必要がある

そして、
・ダイバーシティ(多様性)が進んでいる現場と
・意思決定をする経営陣の中間に

調整役としての管理組織が必要になる

なぜなら、
アイデアを生むのはダイバーシティ(多様性)
だったとしても、アイデアを実際に形にするのは、
しっかりと管理された下での実行だから。

だから、
独裁的な指導者が居るからと言って
その組織はダイバーシティ(多様性)が
進んでいないとは言えない。

たまたま、目に見える分かりやすい場所に
独裁者が居るだけのことであって、
その組織は、意外とダイバーシティ(多様性)が
かなり進んでいる可能性もある。

まとめると、
ダイバーシティとは

【多様性】

もし、
究極的に単純化して、
過去の組織が

・日本人
・男性
・正社員

というものだったと仮定したら、
現代の組織は、

相当にダイバーシティ(多様化)が進んでいる

と言えます。

 

ダイバーシティとは?わかりやすく

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

二極化

白坂です、

 

二極化

日本総中流の時代に比べて
二極化が進んでいます。

「なぜ二極化が進んでいるのでしょうか?」

簡単です。
人の【価値観】の「二極化」が
進んでいるからです。

人は、「消費者」でありながら、
同時に「生産者」でもあります。

・衣食住などを使用しながら
 生活している時は消費者であり

・仕事などをすることで
 価値を提供している時は生産者です。

そして、
「消費者の利益」と「生産者の利益」は
矛盾します。

・消費者が利益を増やしている時は、
 生産者は利益を減らしています。

・消費者が利益を減らしている時は
 生産者は利益を増やしています。

最も分かりやすいのは、
価格。

もし、
自分が消費者の立場だったら、
誰だって価格は高いよりは
安い方が得します。

であれば、
全ての企業が全ての商品を
どんどん値下げしていけば、
全員が幸せになれるでしょうか?

もちろん、
答えは、

NO

です。

なぜなら、
商品価格が下がれば・下がるほど
企業の利益が減るからです。

どの企業であっても、
安くで売るよりは高くで売りたい。

安くで売れば企業の利益が減ります。
当然、従業員など企業に関わる
全ての関係者にとって損です。

企業の利益が減れば、当然、
従業員の給料は上がりません。

つまり、
価格が下がるというのは、

・消費者として見たら得で
・生産者として見たら損

そして、
人は、

【「消費者」であると『同時』に
 「生産者」でもある】

ということです。

ここで
人の価値観が「二極化」します。

すなわち、

A:
自分は「生産者」であるというよりは
「消費者」である、という認識の場合。
消費を最小限に抑えることで、その最小限の
消費を賄えるだけの所得があれば良い、という価値観。 

そして、

B:
自分は「消費者」であるというよりは
「生産者」である、という認識の場合。
たくさん消費したいから、その消費を
上回るだけの所得を得たい、という価値観。

1991年のバブル崩壊以降の
約30年間は、基本、
Aの「自分は消費者である」という価値観の
方が強かった。

だから、
全国各地に100円ショップを代表とする
格安店が並び、昭和の時代に比べて、
色々な物が安くで買えるようになった。

にも関わらず、
日本人の幸福度が上がっていないのは、

格安店で働いている人たちの所得が上がっていないから。

当然です。
100円で売って、一体、いくらの利益が
出るのでしょうか?薄利多売は、
生産者を幸せにしません。
忙しいのに儲からない。

・安くで売る

・利益が出ない

・所得が増えない

・支出を抑える

・ますます安くでないと売れない、、、

結果、
支出は最小限、そして、その最小限の
支出さえ賄えればいいという、いわゆる
ミニマリスト的な思考の人が増えました。

自分は基本、「消費者」であり、
「生産者」としての自分は必要最小限
という価値観です。

ただ、
もちろん、全員が全員、ミニマリスト的な
価値観を持っているわけではありません。
当然、逆の

B:「自分は生産者」である

という価値観の人もいます。
その場合、

たくさん消費したいからこそ、
たくさん生産をする

です。

だから、基本、まず高くで売る
ことを考える。そして、どうしたら、
その高い価格に見合う価値ある
商品・サービスを提供できるかを考える。

・高い価値の物を高くで売る

・利益が出る

・所得が増える

・支出を増やす

・ますます高くで売れる、、、

仕事は最小限という人も居れば、
仕事を最大限という人も居る。

二極化するのは当然です。

そして、
この流れは、今後もしばらく続きます。
むしろ

二極化は拡大し続ける

なぜなら、
親世代は、子世代に教育という形で
価値観を引き継ぐからです。

最低限で良いという価値観の親は、
子どもの教育でも最低限という
価値観の教育を提供します。

だから、

・学校は公立で
・習い事や塾も最小限
・家族旅行や買い物も最低限、、、

親自身がやっている通り、
子どもにも「節約・貯金」の大切さを
教える。

一方、

最大限を目指すという価値観の親は、
子どもの教育でも最大限という
価値観の教育を提供します。

だから、
・幼い時からインター
・習い事や塾も最大限
・家族旅行や買い物も最大限、、、

親自身がやっている通り、
子どもにも、「効果的なお金の【使い方】」を
教える。一旦、二極化が進むと、

二極化は拡大し続ける

「消費者」として「最小限」で生きた方が幸せなのか?
それとも、
「生産者」として「最大限」で生きた方が幸せなのか?

もちろん、
合理的な答えはありません。

本人の主観

どんな状況であれ、
「本人が不幸を感じていれば不幸」
「本人が幸せを感じていれば幸せ」
です。

そして、
人は、「不足」に対してではなく、
「不公平」に不幸を感じる生き物。

だから、
それぞれが、自分と近い結果を得ている
人たちの間だけで生活していれば、
少なくても不幸は感じにくい。

社会を上から俯瞰すれば・するほど、
日本で見ても、全世界で見ても、
事実として二極化は進んでいて、

今後も、二極化は拡大し続ける

その事実、
その現実を認識した上で、
人は、それぞれの価値観で

「どちらの方向に向かって生きるか?」

を常に選択し続けています。

 

二極化

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

【ブルーオーシャン】と『レッドオーシャン』

白坂です、

 

ブルーオーシャンとレッドオーシャン

まず
ブルーオーシャンとは、
「供給が少なく競争が穏やかな新しい市場」

レッドオーシャンとは、
「供給が多数で競争が激しい既存市場」

のこと、
です。

そして、

理論上は、
『ブルーオーシャン戦略』として、
「供給が少ない競争が穏やかな新しい市場を
 選びましょう」と言われることも多いです。

では、
理論ではなく、
実際はどうなのでしょうか?

実際は、
・ブルーオーシャンで成功することは
 極めて稀で、

・成功事例の圧倒的多数は
 レッドオーシャンで生まれている。

なぜかというと、
ブルーオーシャンというのは、
供給が少ない代わりに
需要も少ないから、です。

ブルーオーシャンは、不確実性が大きい。
もちろん、不確実性が大きいということは、
期待収益も大きい。

だから、たとえ今は需要が少ないけれど、
将来は需要が大きくなった、、、というのを
もし当てられた場合、成功度合は桁違いに
大きくなるのは事実。

しかし、
課題は、現在、需要が少ないものが、
将来、需要が大きくなるという保証は
どこにも無いということ。

今、需要が小さいけれど、将来も小さいまま、
というものもあれば、将来は、需要そのものが
消滅していたということも有り得ます。

だから、
理論は、「導入期から成長期に移るタイミング、
市場浸透率10%の所で参入しましょう!」
というようなことも言っていたりします。

確かに、
これも理論的には正しいです。

もし、導入期から成長期に明らかに入り、
市場浸透率が10%の「タイミング」で
入ることが出来たら、誰でも簡単に
物凄く成功することが出来ます。

課題は、

その【タイミング】を図るのが何よりも難しい

ということです。

成功要件に
必要な5つ、、、
すなわち、

・「誰に?」
・「誰が?」
・「何を?」
・「どのように?」
・「いつ?」

のうち、
「どのように?」が最も簡単。
すぐに真似できる。

一方、
「いつ?」が最も難しい。
タイミングを正確に図るのは
不可能に近いくらい難しい。

だから、
理論は「いつ?」を重視するけれど、
実際は、

「いつ?」の影響がなくなるように、
10年・15年・20年、、、の
長期計画を実行している。

「いつ?」という最も難しいものを
当てようとしているのは、もはや
ビジネスでもなければ投資でもない。
ギャンブル。

もちろん、
ギャンブルをすれば当たることもある。

ギャンブルの問題は
当たらないことではない。
むしろ、逆。

下手に当たることがあるがゆえに、
トータルでは結局、負けてしまうこと。

タイミングを当てて成功した人は、
次も、またタイミングを当てて成功しようとする。

しかし、
タイミングを当てるのは、最も難しい。
だから、もし当たったというのであれば、
たまたま、であり、偶然。

1度の偶然により、
2度・3度、、、の偶然を期待し始めると、
次にまた勝つまで勝負をすることで、
最終的には負ける。

『ブルーオーシャン』を狙おうとして
実際に『ブルーオーシャン』を当てられる
ということは理論上はあったとしても、
現実的には、ほぼ無い。

少なくても、
普通の人が目指すべき成功の道では無い。

たとえば、
日本の時価総額の上位企業を見ても、

・トヨタ
・ソニー
・NTT
・キーエンス
・KDDI 、、、

世界に先駆けて
何か革新的な商品で成功した企業は
日本には、ほとんど無い。
共通しているのは、

より強い企業に勝つために改善・改善・改善、、、の
PDCAを、ひたすらグルグル回し続けた企業ばかり

『レッドオーシャン』での成功事例は注目されない。
なぜなら、地味だから。多くの人が求めている
「『早く・楽に・簡単に成功できます』を知りたい!」
という欲求に応えないから。

情報としても知識としても地味。
ただ、レッドオーシャンは競合も多い代わりに
需要も大きい。

だから、もし、競合に対してしっかりと
差別化できて、競合を上回る価値を
提供できた場合は、高確率で勝てる。

一方、

『ブルーオーシャン』は、情報としては刺激的。
当たった時も大きい。「『早く・楽に・簡単に
成功できます』を知りたい!」という欲求にも応える。

理論も正しい。
たしかに、導入期から成長期に移行する
市場浸透率10%を超えた所で参入できたら
事業としても投資としても大成功できる。

ただ
課題は、そのタイミングを
現実的に図ることほど難しいことはない、
ということ。

刺激として求められているのは、
「早く・楽に・簡単に」。

でも、
現実は、

地道でコツコツが1番

供給も多い。
だけど、需要も大きい。
その中で、どうやって差別化するか?

過去最高のものに対して、
まだPDCAを回して、
さらに価値を高めたものを提供できるか?

それでも、どうしてもブルーオーシャンに興味関心が
惹かれるとしたら、タイミングを当てようとする
のではなく、10年・15年・20年、、、の
長期計画でやる。

長期になれば・なるほどタイミングが関係なくなる。
もし最初から20年とか見ていたら、1・2年の
ズレば誤差になる。

ブルーオーシャンでの成功は、
あくまで例外。

レッドオーシャンでの成功が、
基本。

・日本企業には日本企業らしい
・日本人には日本人らしい
・現実的には現実的な成功法則がある。

それは、
確かに存在している需要の中で
過去最高のものよりも確実に
価値の高いものを提供すること。

そのために、
日々、地道にコツコツPDCAを回す。
回し続ける。

そうすれば、
不確実性が高いブルーオーシャンではなく、
まして、不可能に近いくらい難しい
タイミングを当てることなく、高確率で

成功を実現していくことが出来ます

 

ブルーオーシャンとレッドオーシャン

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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