作成者別アーカイブ: 白坂慎太郎

比較優位説とは?簡単に

白坂です、

 

比較優位説とは?簡単に

まず
例え話から始めたいと思います。

病院経営の場合、、、

ベテランのお医者さんが、
病院に関するありとあらゆる仕事を
自分1人だけで全てやった方が
利益は最大化するか、

それとも、

サポート役として医療事務の人を
入れた方が利益は最大化するか、、、

というところから
考えます。

今回は仮に、
お医者さんは非常に仕事が出来るので、

・患者さんの診察や治療はもちろん、
・事務さえも、医療事務の人より
 速く・正確な仕事が出来ると仮定します。

すると、

お医者さん
(事務の方に比べて):
・診察が得意
・事務も得意

事務の方
(お医者さんに比べて):
・診察は苦手
・事務も苦手

この例の場合、
お医者さんは事務の方に比べて
両方ともで優れているので
絶対優位。

事務の方はお医者さんに比べて
両方ともで劣っているので
絶対劣位、、、と言います。

であれば、

事務の方を雇わずに、
お医者さんが診察も事務も両方やれば、
利益を最大化できる、、、
という結論になりそうですが、実は、

NO

です。
なぜなら、

もし、
お医者さん自らが事務をやれば、
事務をやっている時間は

患者さんの診察が出来ないから、

です。

つまり、
もし、お医者さん自身が事務をするというのは、
事務の方を雇うという目に見える費用を
支払ってはいないものの、

患者さんの診察をする
機会を失っているので、

機会費用を支払っている

ということになります。

仮に、
患者さんの診察は
付加価値が1時間:1万円

一方、
事務の仕事は
付加価値が1時間:2千円だとすれば、

2千円の仕事するたびに、
1万円の機会費用を支払い続けている

ということになります。

であれば、

1時間:2千円で事務の仕事をしてくれる
医療事務の方を雇った方が、1時間:1万円の
患者さんの診察行為を最大化できるので、
利益を最大化できるということになります。

一方、
医療事務の方にとってはどうでしょうか?

・医療事務をすれば、1時間:2千円
・他のバイトをすれば1時間:1千円

だとしたならば、
他のバイトをするより、医療事務をした方が
利益を最大化することが出来ます。

つまり、
お医者さんが事務をすると
患者さんの治療が出来ないので
1万円の機会費用を支払わないといけないのに対し、

医療事務の方が事務をすると
他のバイトが出来ないだけで
機会費用は1千円で済みます。

このように、

お医者さんにとっての事務は、
医療事務の方に比べて、
機会費用が割高になってしまうので
比較劣位。

医療事務の方にとっての事務は、
お医者さんに比べて、
機会費用が割安で済むので、
比較優位。

だから、
お医者さんは、1時間:1万円の
患者さんの診察に専念した方がよく、

医療事務の方は、1時間:2千円の
事務の仕事をした方が

機会費用が最小化するので
両者それぞれの利益が最大化する

ということになります。
このように、

相手の機会費用に比べて、
自分の機会費用が小さいものを
比較優位、と言います。

そして、
人は、互いに

比較優位のモノ同士で取引することで
両者の利益が最大化する

ことを
『比較優位説』と言います。

なお、
「お医者さん」と「事務の方」の話は
例え話です。実際の『比較優位説』は、
本来、

・国は他国と貿易をせずに
 自国の産業を保護した方が良いのか?

それとも、

・国は他国と貿易をして
 自由貿易をした方が良いのか?

を考える際に、
ありとあらゆる国が

【自由貿易をした方が良い】

という結論となる
理由を説明した考え方です。

たとえば、
「日本」と「発展途上国」で考えてみます。

日本で
・服も生産できる
・自動車も生産できる

発展途上国では
・服は生産できる
・自動車は生産できない

とします。
そして、

日本が作った方が、
服と自動車の両方ともが
より効率よく・より品質の高い
商品が生産できるとします。

この場合、
日本は発展途上国に比べて、

・服
・自動車

両方で優れているので
絶対優位。

発展途上国は日本に比べて

・服
・自動車

両方で劣っているので
絶対劣位。

であれば、
服も自動車も両方とも貿易はせずに
日本で生産した方が利益が最大化するか?
経済学で考えると、

NO。

なぜなら、
服を生産している人が
同時に自動車も生産することは出来ないから。

もし、
日本で服作りに参加する人が多ければ多いだけ、
自動車作りに参加する人が減ることになります。

つまり、
服を生産することで自動車を作る機会を失っています。
目に見えない機会費用を支払っています。

であれば、
日本は敢えて服は自国で生産せずに
自動車の生産に特化する。

そして、
発展途上国で生産した服を輸入する。

今回の仮定では、
発展途上国は自動車は生産できない、
という前提であり、もし服を生産しない場合、
もっと付加価値の小さな仕事しか出来ない。

だったら、
発展途上国の人も、付加価値の仕事より
服の生産に携わった方が利益が大きくなる。

結果、
互いにとって、失う機会(機会費用)を
最小化できるように、互いに特化して
取引(貿易)をした方が良い、

ということになります。

比較優位で多い誤解の1つ目は、
単純に、相手と比べて
得意・不得意で考えてしまいがち、になること。

比較優位というのは、
相手と比べて・得意・不得意、、、ではなく、

相手と比べて【失う機会】が「大きい」か「小さい」か?

・失う機会が大きい
 (機会費用が高く付く)
 比較劣位。

・失う機会が小さい
 (機会費用が安く済む)
 比較劣位。

そして、
たとえ、相手より得意だったとしても、
失う機会が大きい(機会費用が高い)なら、
やるべきではなく、あくまで

失う機会が小さい(機会費用が安い)ことに
特化して、取引(貿易)した方が良い、

ということ。
そして、もう1つのありがちな誤解は、
発展途上国の人たちに対して搾取だという
間違った印象をもたれがちであること。

たとえば、
服を作るよりも自動車を生産した方が
高い所得が得られるとして、

・日本人は自動車を生産して高い所得を得て、
・発展途上国の人は服を生産して低い所得を得ているので、
・日本は発展途上国の人を搾取している、、、という誤解。

大事なのは、
日本人の方が発展途上国の人より所得が高いか・どうか、
ではなく、

発展途上国の人にとって、服の生産で得られる所得よりも
得な仕事があるか・どうか?

もし、
発展途上国の人にとって、服を作るよりも得な仕事が
あるのであれば、もちろん、わざわざ服を作る必要はない。
もっと得な仕事を選べばいい。

しかし、
それでも、発展途上国の人が服の生産を選んでいる
としたら、それは、自国の他の仕事に比べたら、
服を作る方が所得が良いから。

つまり、
日本人が発展途上国の人たちから
搾取しているのではなく、

発展途上国の人に、より好条件で働く
機会を提供している

まとめると、
『比較優位説』とは、

自国にとって、
「失う機会が小さい」(機会費用が割安)になる
比較優位のものに特化して、取引(貿易)をした方が
両国にとっての富が増える。

結果、
保護政策よりも

自由貿易の方が世界全体の富が最大化する

という
考え方になります。

 

比較優位説とは?簡単に

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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取引の利益とは?

白坂です、

 

取引の利益とは?

もし、今から約160年前の
江戸時代の人が、現在:2022年の
日本にタイムスリップして来たとしたら、
きっと腰を抜かすと思われます。

なぜなら、

・みんなが当たり前に
 色とりどりの服を着ていて、

・みんなが当たり前に
 色々な和食・洋食・中華を食べていて

・みんなが当たり前に
 鉄筋など立派な家・アパート・マンション、、、に住んでいて

・テレビ・冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ・
 クーラー・自動車・パソコン・スマホ、、、を
 当たり前に使っていて、、、

「なぜ、これほどまでに豊かな生活を
 することが出来るようになったのか?」

と驚くはずです。
もし、その理由の本質を一言で表すならば、
日本は戦後の資本主義の中で

取引の利益を得ることが出来たから

だと言えます。
どういうことか?

・江戸時代の人たち :
 自給自足が基本

・戦後の現代の人たち:
 取引の利益を得続けている

取引の利益で
最もイメージしやすいのは、
『わらしべ長者』の物語。

最初に、たまたま偶然に手につかんだのが
「わら」だったにも関わらず、
どんどんと価値の高いものに交換していくうちに
長者になることが出来た、、、という原理。

実際、
日本など先進国の人たちは、みんな
知らず知らずのうち、リアルで
わらしべ長者になることが出来ていたわけです。

自給自足というのは、
要するに、衣食住その他を
全て自分自身、もしくは自分たち
家族だけで全てやってしまうという生き方。

だから、
確かに、衣食住を全て何とか賄うことは
出来たけれど、価値の高いものと次々に
交換していく、、、ということを
あまりしていなかった。

つまり、
取引することによって得られる
取引の利益を、ほとんど得られていなかった。

ところが、
戦後、日本にも資本主義的な考え方が
浸透していくにつれて、自給自足から

・分業

・特化

・取引

が進みました。

たとえば、
現代でも、非常に優秀な人であれば、
「医者」と「飛行機の操縦士」の両方の
資格を得ることは物理的には可能でしょう。

しかし、
仮に能力的に、
そして物理的にも可能だったとしても、

・医者だけに専念して、その後、数十年間
 医者として生きている人

・飛行機の操縦士だけに専念して、その後
 数十年間、操縦士として生きている人

の両者より
確実に経験で劣ります。

両方ともが出来るようになることは可能でも、
その道一筋の専門家には敵わない。
つまり、より小さな価値しか創れない。

だから、
両方を目指すのは経済的に賢くないわけです。
もし、最大の価値を提供しようと思えば、

【特化した方が、より効率良く、より大きな価値が提供できる】

だから、
たとえば、社会の中で分業が進み、
各個人は特化した。

・超一流の医者は、服を創れない
・超一流の医者は、食べ物を育てられない
・超一流の医者は、住む場所を建てられない

しかし、
・超一流の医者であれば、

人の病気を治すことで大きな価値を提供できる

その
提供した価値の大きさに見合うだけの
お金を受け取る。そして、受け取った
お金を使って、

色々な物と交換していく

自分自身で作るよりも
はるかに安い経費で、
しかも良質の服・食べ物・家を
手に入れ続けることが出来るようになった。

仕事を通じて、
より大きな価値を提供しながら、
お金という道具を使った取引で
別の価値あるものを得続けていく。

それを、
戦後70年以上、日本人のそれぞれ各自が
やり続けた結果、つまり、

取引の利益の結果で豊かになり続けている

もし、
お金という道具を使った取引が出来なければ
必要な衣食住・その他が手に入れられません。

もし、
お金という道具を使った取引が出来なければ、
全て自分でやることになり、全てが割高で
しかも低質のものしか手に入れられません。

だから、
資本主義の基本は、

・分業

・特化

・取引

取引がない社会は10年・20年・30年前と
現代で、それほど生活に大きな差が生まれない。

逆に、
取引を盛んにするようになったからこそ、
安くて良質なものを、どんどん手に入れられる
ようになった。

つまり、
現代社会は

取引の利益によって豊かになった

だから、
・まずは取引をすること

・次に取引の機会を増やせるように
 特化した仕事で、より大きな価値を創り、
 より大きなお金を受け取っていく

・最後に、取引そのものを上手になっていくこと。
 相対取引よりも、「買い手」と「売り手」の
 両方が多数参加している市場を、上手に
 利用していくこと。

そうすれば、
今まで通り、そして、今まで以上に、
取引の利益の享受を受けられるように
なっていきます。

自分自身で全てやろうとするよりも
何倍・何十倍、、、と少ない経費で、
より価値の高いものを、市場を通じて手に入れられます。
すなわち、今後も

複利で豊かさを拡大させることが出来ています

 

取引の利益とは?

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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「埋没費用」と「機会費用」

白坂です、

 

「埋没費用」と「機会費用」

「埋没費用」というのは、
特に説明は要らないと思います。

普通、日常生活で「費用」と
言っているのは、正確には
「埋没費用」のことです。

たとえば、
映画を観るために映画館に
2,000円を支払ったとしたら、
映画を観るための費用は2,000円です。

つまり、
正確な表現を使うならば、
埋没費用が2,000円です。

なので、
「埋没費用」に関しては、
特段、説明は要らないと思います。

腑に落としたいのは、
もう1つの費用である
「機会費用」の方です。

機会費用というのは、

【捨てる「機会」】

のことです。

たとえば、

もし、仕事をすれば時給:1,000円を
もらえる人が、映画を1時間、観る場合、
仕事をすればもらえた1,000円の機会を
捨てていますので、

1時間につき1,000円の機会費用を
支払いながら映画を観ている

ということになります。

では、
より具体的に考えていきましょう。

・映画代:2,000円
・映画 :2時間
・最初の1時間を観た段階で映画は期待ハズレだった。
 面白くないと感じている

(1)
まず映画を観るために
最初に2,000円を支払った瞬間は、

・埋没費用:2,000円
・機会費用:    0円
・合計費用:2,000円

を支払っています。

(2)
1時間、映画を観ました。
すると、

・埋没費用:2,000円
・機会費用:1,000円
・合計費用:3,000円

さて、
映画の残り1時間、
どのように判断するのが合理的でしょうか?

A:映画代:2,000円がモッタイないから
  残り1時間も我慢して映画を観続ける

B:これ以上、映画を観ることに
  追加の機会費用を支払わないように
  映画館を出る。

もし、
Aを選択した場合は、

・埋没費用:2,000円
・機会費用:2,000円
・合計費用:4,000円

です。

一方、
Bを選択した場合、

・埋没費用:2,000円
・機会費用:1,000円
・合計費用:3,000円のまま。

もし、
その日のうちに、時給1,000円の
仕事を3時間、やったならば、
映画に支払った「埋没費用」+「機会費用」

【合計】3,000円の費用を回収することも出来ます

要するに、

通常、「費用」「費用」、、、と言っているのは
正確には「埋没費用」のことであり、
「埋没費用」は「将来のために今、何をすべきか?」に
何の関係も【ない】。

「将来のために、今、何をすべきか?」を
判断するのに大事なのは、同じ費用でも、

【機会費用】の方である

ということです。

この話は、
映画のような身近な話だけではなく、
人生全般でも言えます。

たとえば、
18歳の人が大学に入学して、
入学金と、1年前期の授業料を
大学に納めたとします。

しかし、
いざ大学に入学して半年過ごしてみたら、
事前に期待していた大学とは全然、
違ったとします。

では、
その大学生は、どのように判断するのが
合理的でしょうか?

A:
支払った入学金と前期の学費がモッタイないから
残り3年半も、我慢して大学に残り続ける
べきでしょうか?

それとも、

B:
大学を中退するべきでしょうか?

もちろん、
「B:大学を中退」が合理的です。

なぜなら、
もし大学を中退すれば、
まず、その後、3年半の授業料を
払う必要がなくなります。さらに、

・アルバイトをして稼ぐ
・どこかの会社へ就職をする
・起業してビジネスを始める、、、

など、いずれかを選択することで、
この後の3年半で、

大学に支払った「入学金」と「前期授業料」
以上のお金を回収できる可能性もあるから、です。

このように、
機会費用というのは、

【捨てる「機会」】

なので、
大事なことは、

まず、
自分の時給を正確に知っていること。

・日給で働いている場合は、8で割る
・月給で働いている場合は、170で割る
・年棒で働いている場合は、2,000で割る

次に、

たとえ、目に見えるお金を
払っていなかったとしても、
それは「埋没費用」を支払っていないだけの
話であって、

機会費用は、常に支払い続けながら生きている

ということ。

もし、
自分の時間を1時間、無駄にしたということは、
たとえ、目に見えるお金を全く支払っていなかった
としても、1時間分の機会費用は支払った、ということ。

もし、
相手の時間を1時間、無駄にしたということは
たとえ、目に見えるお金を全く奪っていなかった
としても、相手に1時間の機会費用を支払わせてしまった、
ということ。

日常的に「費用」「費用」、、、と言っているのは、
正確には「埋没費用」のこと。感情的には、たとえ
モッタイないと感じたとしても、未来に対しての
意思決定には何の影響も与えない。

逆に、

日頃、意識することが少ない、
目に見えない「機会費用」すなわち、

【捨てる「機会」】

こそが、
未来に対しての意思決定に影響を与える。

もし、
今から1時間、何かをするとして、、、
たとえ、目に見えるお金を支払わずに
無料でするとしても、

機会費用を支払ってでも、やった方が良いことか・どうか?

たとえ、
埋没費用はゼロでも、機会費用が高く付くならば、
やるべきではない。

逆に、
たとえ、埋没費用が大きな金額だったとしても、
それ以上に大きな機会を失わないで
済むのであれば、

やはり、やるべき

合理的な意思決定というのは、
常に、基準の費用が「機会費用」。
すなわち、

「捨てようとしている機会は幾らか?」

決断の基準を、
常に、

機会費用を最小化する

するようにする。
そうすれば、

・より少ない費用で
・より大きな機会を

活かしていくことになるので、
時間とともに複利で

経済的に豊かになっていくことが出来ています

 

「埋没費用」と「機会費用」

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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生産性とは何か?

白坂です、

 

生産性とは何か?

今回は
生産性を、一人・一人個人の生産性ではなく、
会社全体での生産性で考えていきます。

そうすると、
常識的な感覚とは180度:逆の
結論に行き着きます。すなわち、

一人・一人個人の生産性を
追求すればするほど
会社全体の生産性は低下する。

にわかに腑に落ちない結論です。
なので、1つずつ考えを深めて
いきたいと思います。

まず、
一人・一人個別の生産性というのは
どういうことでしょうか?

簡単に言えば、
一人一人が同じ時間で今までよりも
たくさんの仕事をする、ということに
なります。

たとえば、
Aさんは、今までは8時間で8つの
仕事しか完了していなかったのに

・本人の知識・技能など能力が向上したか?
・仕事に使う物が良くなったか?
それとも、
・方法(システム)が改善されたか?

など、
「人」「物」「方法」のいずれか、
または、いずれもの要因で

8時間で10の仕事を完了させられた
としたら、

個人としての生産性は向上した

と判断できます。
だから、一人一人の個人の生産性は
比較的に簡単です。しかも、常識的な
感覚とも合います。ところが、

一人一人、個人の生産性を追求してしまうと
全体の生産性は低下してしまう

という
生産性の結論を、すぐに腑に落とすのは
簡単ではありません。

では、

まず「なぜ、一人一人、個人の生産性を
追求してしまうと全体の生産性は
低下してしまうのでしょうか?」
最大の理由は、

やっている仕事が違うから

です。

組織というのは、
「分業」という形を取っています。

理想的には

・Aさんが得意なAという仕事をして、
・Bさんが得意なBという別の仕事をして、
・Cさんが得意なCという、また別の仕事をして、、、

という状態。
そして、仮に仕事の繋がりとして、

A→ B→ C→・・・

となっているとします。

すなわち、
AさんのAという仕事を受けて、
BさんのBという仕事をする、、、ということです。

もし、
一人・一人・個別に生産性を高めてしまうと
全体では、どうなるでしょうか?

生産性が落ちてしまう

なぜでしょうか?
それは、A・B・C、、、という分業が
違う仕事であれば・あるほど、

仕事を完了させるまでの時間に
バラツキがあるから

です。

仮に、
A→ B→ C、、、という繋がりのある仕事で、

Bという仕事が、最も難易度が高く、
知識・技能・経験が必要とされ、
かつ、完了させるまでに時間がかかる
仕事だとします。

にも関わらず、
AさんがAという仕事の生産性を高め、
一生懸命に仕事をしてしまうと
どうなるでしょうか?

Bさんの所に、次から次に
未完了の仕事が溜まり続けていってしまう

・AさんはAという仕事の生産性を高めた

・Bさんのところに未完了の仕事が溜まり続けて
 Bさんの処理能力が落ちる。(数が増えて
 複雑になれば・なるほど管理にコストがかかるから)

・Cさんのところには完了した仕事が流れて来ず
 手待ちの状態になる。

結果、
Aさんという一人の個人の生産性を追求した結果、
逆に、全体としては生産性が低下してしまった
という矛盾が起きるわけです。

だから、
もし、繋がりのある全体で仕事をする場合、
一人・一人、個別の生産性を追求しては
【いけない】ということになります。

すなわち、
先ほどの例で言えば、

最も時間がかかる仕事をやっている
Bさんの前のAさんは、

一生懸命にやっては【いけない】

ということ、です。

全体の生産性を決めるのは、
最も時間のかかるボトルネック(制約条件)。

だから、
休みなしで仕事をしなければならないのは、
ボトルネック(制約条件)であるBという
工程だけであり、ボトルネック(制約条件)以外は、

ヒマが正解

です。

一人・一人個別の生産性追求という
部分最適ばかりやって来た日本人が
すぐには腑に落とせないのが全体最適。

私たち日本人は、
家庭教育であれ、学校教育であれ、
または、社員教育であれ、

ヒマで良い

という考え方を、ただの1度も
教えてもらったことがありません。

もし
家庭に4人が居たら、4人が4人とも
何らか忙しそうにしているのが正解で
ヒマそうにしている人は何か悪い状態だという
感覚がある。

もし
学校に35人の生徒が居たら、35人が35人とも
何らか忙しそうにしているのが正解で
ヒマそうにしている人は何か悪い状態だという
感覚がある。

もし
会社に100人の社員が居たら、100人が100人とも
何らか忙しそうにしているのが正解で
ヒマそうにしている人は何か悪い状態だという
感覚がある。

だから、
日本の99%は中小企業なわけです。

一人一人の個別の生産性を追求することは
得意なので、一人一人が職人的な働き方は
出来るけれど、

全体最適の考え方で
組織を運営することが出来る人は少ないから

もし部分最適ではなく
全体最適を実現しようとしたら、
忙しいのはボトルネック(制約条件)の工程だけ、が正解。
結果、他の工程全ては

ヒマなのが正解

です。

だから、
全体の生産性を高めようとした時も、
一人一人全員に、そして、全工程を底上げするような
投資をしても意味がない。

・組織で何人の人が働いていても関係がない。
・組織に工程数が幾つあるのかも関係がない。
・組織全体の生産性を決めるのは、ただ1つ。

ボトルネック(制約条件)の工程だけ

だから、
もし、組織全体の生産性を本当に
上げようと思ったら、

ボトルネック(制約条件)に対して
一点集中で「人」「物」「方法」を
投資する必要がある

他の工程のヒマは、とりあえず
ヒマのままで良い

まずは何はともあれボトルネック
(制約条件)を徹底的に活用し、
そして、投資によって能力を上げる

そうして初めて

全体の生産性が上がる

ボトルネック(制約条件)は、
大抵、最も難易度が高く、
かつ、最も付加価値の大きい業務です。

そして、
組織の生産性は、その最も付加価値の大きい
ボトルネック(制約条件)が、どれだけ
稼働するかで全て決まります。

逆の言い方をすれば、
ボトルネック(制約条件)以外の工程は、
ボトルネック(制約条件)にかかる負荷を
いかに小さくするか、、、という支援工程。

ボトルネック(制約条件)への負荷を
出来るだけ小さくするのが目的なのに、
下手に頑張ってしまい、逆に、ボトルネック(制約条件)への
負荷をさらに高めたとしたら、まさに本末転倒。

・分業をしている以上
 仕事の内容に違いがある

・仕事の内容が違う以上、
 完了させるのに必要な
 能力や時間にも違いが出る

・だから、必要な投資量も、
 また、出す付加価値の大きさも違う

その
「違い」を不平等や不公平だと感じる
日本人の常識的な感覚が、日本の99%が
中小企業であり続けている最大の理由。

大企業を経営するためには、
「内容が違う」ならば、
「必要な能力も違い」
「出す成果も違い」、

得られる報酬も違うのが当たり前

ということを腑に落とす必要がある。

部分最適の合計が全体最適に
なるわけではない。

部分・部分の生産性を高め続けたからと言って、
全体の生産性が高まるわけでもない。

もし、
本当に全体の生産性を高めようとしたら、
「違い」を認めることから始まる。

どの工程こそがボトルネック(制約条件)に
なっていて、だからこそ、どこに集中投資を
することが、全体の生産性を上げることに繋がるのか?

教育の場が、
「家庭」だろうが「学校」だろうが
「会社」だろうが、、、

・新卒一括採用

・年功序列

・終身雇用、、、、

「みんな同じ」「みんな平等」、、、
という横並び意識から脱却した
新しい教育が求められている。
すなわち、

特化

みんなが同じことをするのは
社会全体で見て非効率。

それぞれが・ぞれぞれで
得意なことをやる。

そして、

それぞれが得意なことをすれば、
その難易度に違いがあり、
結果、提供する付加価値にも違いが
出ることを、社会全体が許容する。

最も難易度が高く、
最も付加価値が高いことの工程が
最も大きな富を受け取る。それが経済。

経済は平等を実現しない。
公平も実現しない。

だからこそ、
最も大きな富を受け取った企業が、
最も多額の税金を支払う。そして、
経済が創り出した富を政治が再分配する。

経済と政治は、
役割が違う。

経済の役割は、
生産性を向上させ続けること。

その生産性とは
一人一人、個別の生産性ではなく、
全体の生産性を向上させ続けること。
すなわち、

・ボトルネック(制約条件)を発見し、
・ボトルネック(制約条約)を最大限に活用し
・ボトルネック(制約条件)の能力を向上させ続ける

そのために、
もし投資をするというのであれば、

ボトルネックに対してこそ、集中投資をする

生産量はボトルネック(制約条件)で
全て決まります。だからこそ、
集中投資によって、ボトルネック(制約条件)の
能力が向上し続けることが、

社会全体の生産性を向上させ続けます

 

生産性とは何か?

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

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効率的市場仮説 わかりやすく

白坂です、

 

効率的市場仮説 わかりやすく

結論から言うと、
効率的市場仮説というのは、

株式投資において、
市場平均以上の利益を
上げることは出来ない、という仮説です。

まず、
効率的というのは、

資源が上手く用いられていて、
あらゆる機会が活用され尽くしている

状態のことを言います。

株式投資における資源というのは、
情報です。

つまり、

株式投資において有益な情報は
上手く用いられているので、
市場平均以上の利益をもたらすような
機会は活用され尽くされている

というのが
効率的市場仮説という考え方であり、
だから、

株式投資において、
市場平均以上の利益を
上げることは出来ない

という結論になります。

では、
市場平均というのどれくらいでしょうか?
現時点では、約3.6%です。

つまり、

年:3.6%ずつの複利で資産を
増やし続けることは可能でも、
それ以上の利率で資産を増やすことは出来ない
というのが『効率的市場仮説』ということになります。

年:3.6%の根拠は簡単で、
世界経済の成長率です。

つまり、

世界が年:3.6%経済成長するのであれば、
世界経済全体に分散投資すれば、
当然、年:3.6%は企業価値が上がる。
つまり、株式価値が上がる。

だから、
何も考えずに、世界経済に分散投資をしたのと
同じ意味を持つ投資信託を買えば、
後は何もせずとも年:3.6%ずつは資産が増えていく。
銀行預金よりは100倍以上、賢い。

だから、
市場平均で資産を増やしていくのは簡単。

ただ、
もし『効率的市場仮説』が
完全に正しいと仮定するならば、
株式投資で市場平均の収益を上げるのは簡単でも、

平均以上は不可能

ということになります。

では、
『効率的市場仮説』は、正しいのでしょうか?
それとも正しくないのでしょうか?

分かりやすさとは極論なので、
まずは、極論、

「100%、完全完璧に正しいのか?」から
考えてみたいと思います。もちろん、

100%ではない。

理由は簡単です。
市場の中には平均以上で収益を
上げている人たちが沢山いるからです。

市場は『効率的市場仮説』ほど
効率的ではない。
つまり合理的ではない。

不合理な株価が実在している

ということです。
最も分かりやすいのは「バブル」。

・価値よりも遥かに・遥かに高い価格が付く
 → バブル発生

・価値よりも遥かに・遥かに低い価格まで急落する
 → バブル崩壊

『効率的市場仮説』は、
市場は合理的であり、
「価値=価格」が正確だということなので、
もし『効率的市場仮説』が完璧ならバブルは発生しません。

バブルの発生、そして、バブル崩壊そのものが
市場は理論が定義するほど合理的ではなく、
不合理であるという証拠。つまり、

人間は感情の生き物である

ということ、です。

欲望と恐怖という感情が
不合理に株価を大きく
上げたり・下げたりする。

だから、
『効率的市場仮説』は、
100%、完全・完璧に正しい理論ではない。

ゆえに、
株式投資で市場平均以上に
利益を上げることは可能で、
また実際に上げている人たちは沢山いる。

では、
全く逆で、『効率的市場仮説』は、
100%、完全完璧に間違っている
デタラメな考え方なのでしょうか?

もちろん、
こちらの考えも、NOです。

もし
デタラメであれば、5年以上の
長期で見た場合、「企業価値=時価総額」で
均衡しているということは確認できない。

5年以上、10年以上、15年以上、、、でも
市場は全く当てにならず、株価の変動は
いつ・いかなる時も不合理なランダムだったら
どんな人にとっても株式投資は50:50のギャンブルのまま。

実際はそうではなく、
市場が合理的だからこそ、
価値あるものが時間をかけてでも、
ちゃんと価格でも正確に評価される。

だから、
企業経営者は、安心して企業価値向上に
専念すれば良いのであって、投資家も
安心して短期の株価変動を気にすることなく、
長期保有できる。

だから、
『効率的市場仮説』は、
100%、正しい完璧な理論でもなければ、
逆に、完全に間違っているデタラメな理論でもない。

では、
『効率的市場仮説』は
どの程度は正しくて、
どの程度は正しくないのか?

あくまで
5年以上の長期投資ということを前提にするならば、
『効率的市場仮説』は、

99.9%、正しい

100%ではないにしても、
99.9%は正しい。
つまり、

99.9%の投資家は、
市場平均以上の成績を出すことは出来ない

理由は簡単で
株式投資というのは、素人の世界ではないから。
プロの世界であり、超一流の世界だから。

・ウォーレンバフェットが
 その公開情報を本当に見落としていると思うか?

・ウォール街の投資銀行が
 その公開情報を本当に見落としていると思うか?

・GPIF(年金法人)が
 その公開情報を本当に見落としていると思うか?

何より、

・AI(人工知能)が、その公開情報を
 本当に見通していると思うか?

99,9%、見落としているはずがない。
当然、把握している。理解している。
理解した上で、妥当な企業価値を算出している。
そして、その結果が、株価に織り込まれている。

だから、
『効率的市場仮説』は、基本的に正しい。
99.9%、正しい。つまり、

市場は99.9%の場合、正しい

この現実を知らないから、
株式投資を甘く見る。
そして、基準が低くなる。

素人が
・平均的な熱心さで情報収集をし、
・平均的な努力で企業分析をし、
・平均的な多数決の原理で意思決定をした上で、

なぜか自分だけは平均以上の結果を出せるという
幻想の中で生きている

あり得ないです。
全ての基準が平均的だったら、
得られる結果も平均以上には絶対になりません。

日本の株式市場に限定しても、
時価総額という資産価値が700兆円。
たった1日で平均3兆円もの
お金が流通している市場。

素人の世界のはずがない。
プロの世界であり、超一流の世界。

・情報の見落しは、基本、ない。

・自分が一生懸命に発見したと錯覚している
 事実は、株式市場では常識。

・自分が懸命に分析した結果が合理的であれば・あるほど
 株価には当然に織り込まれている

株式投資を甘く見ているから、
情報源も甘くなる。

素人同士で情報交換をした結果、
市場に逆らって「逆張り」をしてみたり、
証券口座を開設したばかりなのに、
「信用取引」をやってみたり、する。

決算書を読めない素人が
「逆張り」をしたり
「信用取引」をしたりするのは、

運転免許証を持っていないドライバーが
F1でドリフト走行に挑戦するようなもの

勇気ではない。
無謀です。

『効率的市場仮説』は、基本、正しい。
5年以上の長期投資であれば、99.9%、正しい。
だから、

99.9%の投資家は、
市場平均以上の収益を上げられない

大前提です。
であれば、
選択肢は2つしかない。

A:
市場平均で素直に満足するか?

それとも、

B:
至難の道だと承知で、
それでも市場平均以上の10倍・100倍、、、に
挑戦するか?

実は、
素直に市場平均で満足する、、、は、
相当に合理的な選択。なぜなら、
少ない努力で年3.6%の複利が期待できるから。

仮に1,000万円を運用した場合、
・銀行預金だと、ほぼ1000万円のまま。

年3.6%複利であれば、
・ 5年運用:1,193万円(+ 193万円)
・10年運用:1,424万円(+ 424万円)
・15年運用:1,699万円(+ 699万円)
・20年運用:2,028万円(+1,028万円)

つまり、
仮に45歳の人が市場平均:年3.6%で
複利運用をした場合、20年後の
65歳の時点では資産を2倍以上にすることが出来ている。

ヨーロッパ人やアメリカ人が、
日本の高齢者よりも、かなり裕福なのは、
単純に、これだけの理由。

だから、
『効率的市場仮説』が99.9%、正しいと
素直に受け入れてしまって、敢えて、
市場平均で十分に満足する、、、というのは
実はかなり賢い選択。

一方、

B:
至難の道だと承知で、
それでも市場平均以上の10倍・100倍、、、に
挑戦するか?

は、正直、厳しい。
修羅の道と言っても良い。
繰り返しになりますが、

・ウォーレンバフェットが
 その公開情報を本当に見落としていると思うか?

・ウォール街の投資銀行が
 その公開情報を本当に見落としていると思うか?

・GPIF(年金法人)が
 その公開情報を本当に見落としていると思うか?

何より、

・AI(人工知能)が、その公開情報を
 本当に見通していると思うか?

まず、見落としがない。
その中で、平均以上の結果を出すというのは、
それこそ、想像の10倍・100倍、、、難しい。
不可能ではないにしても、ほぼ不可能に近い。

それでも、
敢えて挑戦するとしたら
勝機はどこにあるのか?

公開情報には見落しがない。
つまり、公開情報は知っていて当たり前。
理解できて当然。それは、自動車の運転前に
自動車学校を卒業しているというくらいの前提。

前提は前提。
当たり前は当たり前。
だから、ソコでは勝負はつかない。
勝負が付くのは、

公開情報【以外】の情報

もちろん、
ココでいう公開情報【以外】の情報というのは、
インサイダー情報のことではない。

本当だったら明日正式発表される情報を、
コネのような裏口で秘密裏に入手して、
市場を出し抜いて取引をする、、、というような
違法なことを意味しているわけでは当然に【ない】。

その
公開情報【以外】ではない。
そうではなく、

自分だけが腑に落とせている情報

で勝負する、
ということ。
つまり、

自分の【経験】

公開情報は、どこまで言っても、
文字や数字での情報。
だから、ある程度、抽象的なことしか理解できない。

たとえば、
医療業界で1度も働いたことがない人には、
薬1つ・1つの細かな差の区別が付かない。

しかし、
医療業界で1度でも働いたことがある人は、
少なくても、働いたことがない人に比べて、
10倍・100倍、細かな微差の区別が付けられる。

だから、
そもそも、

・医療業界は、統計で言われているほど、
 今後も伸びるのか・どうか?

・もし仮に統計通りに伸びるとして、
 今後5年後・10年後・15年後、、、
 どの企業が業界1位になっているのか?

を、
言葉や数字を超えて

肌実感で分かる

・生産者としての【経験】
または、
・消費者としての【経験】
もしくは、
・生産者・消費者の両者としての【経験】

人は、全ての人が違う【経験】を
持っているがゆえに、
その人の【経験】で勝負した時にこそ、

市場平均を大きく超えられる

だから、
どんな時も、最も当てになるのは
自分の【経験】。

ネット情報を広く・浅く、懸命にかき集めたとしても、
せいぜい、雄弁な評論家になるのが関の山。

日本人は分析は得意。
評論も得意。
非難・批判は超一流。

にも関わらず、
ヨーロッパ人やアメリカ人よりも、
高齢者に豊かさ感覚がないのは、

実際に「お金」を投じられる人は少ないから

分析や評論は、言葉や数字に詳しくなれば
誰にでも出来る。しかし、実際にお金を
投じることは出来ない。なぜなら、実際に
お金を投じられるのは、

圧倒的な「経験量」に基づいた【確信】が必要だから

まだ来ていない5年後・10年後・15年後の
未来に対して、

・「イケる!」
・「必ずイケる!!」
・「絶対にイケる!!!」

という【確信】を持つには、
それこそ、5年・10年・15年、、、で
積み上げ続けてきた圧倒的な「経験量」が要る。

99.9%の場合、
自分自身の確信で勝負するのではなく、
他者の意見で判断しようとする。
なぜか多数決の原理で判断しようとする。

みんなの意見に自分も従いながら、
なぜか、自分はみんなよりも
優れた結果を得ることを期待してしまう

市場平均と同じ結果でいいなら簡単。
『効率的市場仮説』を素直に受け入れればいい。

株式投資において、
市場平均以上の収益を得ることは出来ない

という結論を
素直に受け入れてしまえばいい。
しかも、実は、かなり賢い選択でもある。

もし、
『効率的市場仮説』を却下できるとしたら、
超一流としての基礎・基礎は当然に
しっかりと押さえた上で、それプラスαで

自分自身に固有の圧倒的「経験量」に基づく
【確信】で勝負した時、だけ。

その場合、
はっきり言って、市場平均など眼中になくなる。
それこそ、10倍・100倍、、、と、

桁違いの成功を目指すことが出来ています

 

効率的市場仮説 わかりやすく

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

追伸:

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ランダムウォーク理論とは?

白坂です、

 

ランダムウォーク理論とは?

ランダムウォークとは?

ランダム:不規則
ウォーク:歩く

なので、
ランダムウォーク理論とは、

株価は不規則に動くので予測不可能である

という理論です。
すなわち、次の瞬間の株価は、

・上がる可能性が:50%
・下がる可能性が:50%

であり、
「どちらになるか?」は予測できない、
ということです。

「株式投資=ギャンブル」であるという
根拠になっているのが、
『ランダムウォーク理論』だと言えます。

では、
この『ランダムウォーク理論』は、
どれくらい正しい理論なのでしょうか?
結論から言えば、

長期であれば・あるほど、
株価変動に規則性があるので、
ランダムウォーク理論は、正しくない。

逆に、

短期であれば・あるほど
株価変動は不規則になるので、
ランダムウォーク理論は、正しい。

ということになります。
問題は、

長期と短期の線引きです。

今回は、
いくつか線を引いてみたいと
思います。

(1)15年
(2) 5
(3) 1年
(4) 3か月

まず、
(1)15年

もし、

過去の統計からすると、
市場平均に連動する金融商品
(例:ETF(上場投資信託)を
15年以上持ち続けていた場合、

損をしている確率:ゼロ

です。

つまり、
全員が投資をしていたことで
資産を増やしています。

だから、
15年以上の長期投資の場合、
ランダムウォーク理論は、
ほぼ100%正しくない、と言えます。

(2)5年
日本で最も大きな金額を運用しているのは、
GPIF(略称:年金法人)です。

要するに、
日本人が納めている年金を管理するだけでなく
運用することで、年金の元本を増やし続けている
組織です。

このGPIF(年金法人)が
運用の目安にしているのが
5年です。運用担当者が

「5年だと、『理論上の企業価値』と『時価総額』が
 ほぼ・ほぼ一致している。」

と発言しています。

実際、
5年以上投資していて、含み損を抱えている
投資家は実在しているので、統計上、ほぼゼロと
言うことは言えません。

ただ、

GPIF(年金法人)の運用成績を見る限り、
国民の年金元本を、年平均:3.69%で増やし続けながら、
20年で2倍以上にしている実績から言って、
株価の動きが完全に不規則であるとは言えません。

よって、
5年で見た場合も、やはり、
ランダムウォーク理論は正しくない、
と言えます。

(3)1年
1年未満の株価は、

かなり不規則

です。

つまり、1年未満の株価を
予測することには、ほぼ意味がない。
仮に予測したとしても、まず当たりません。

もし、
予測するならば、最低、1年以上。

理由は簡単で、
株というのは企業の所有権であり、

企業は1年単位で経営しているから

です。

株主総会

取締役の選任

取締役会が経営

決算

株主総会

で、1年。

・今年の方針
・今年の計画
・今年の予算、、、、

基本、企業は1年単位で経営されています。
だから、1年間の計画に対して、
1年後の決算を検証することは有意義。

ただ、

株式市場には、企業の所有権としての株を
長期保有する気が最初から全くなくて、
単なる売買対象としての金融「商品」と割り切っている
「投【機】家」のお金も沢山入っています。

投【資】家の場合、
応援している企業の業績が上がれば、
ますます長期で保有し続けようと考えますが、

しかし、
投【機】家の場合、
企業の業績が上がれば、調子の良い時こそ
高値での売り時、、、と考えて売るので、

好業績の決算発表後に株価が下がる

ということも起きます。
このことが、株価の不規則性を高めています。

なので、
たとえ1年後の「業績」を予測することには
意味があったとしても、1年後の株価を
予測することには意味がない。1年後の株価は、

ランダム

と言わざるを得ません。
つまり、1年未満で見ると『ランダムウォーク理論』は
かなり正しい、と言えます。

(4)3か月
3か月未満の株価の動きは、

100%、ランダム

です。

確率50%、50%、
完全なギャンブルです。

理由は簡単で、

3か月未満は、決算発表がない期間でも
株価が動いているから

です。

・株は企業の所有権
・業績は決算で発表される
・決算は3か月単位で発表される

そもそも、
企業は3か月単位では動いていません。

株主総会も取締役の選任も1年単位。
だから、本来、決算は1年に1回発表すれば
良いのであって、3か月単位で決算発表を行う
合理的な理由はない。

にも関わらず、
実際は、3か月ごとに決算発表が
行われるのは、経営側の都合ではなく
投【機】家側の都合。

損したくない欲求が強い
投【機】家が、出来るだけ短い期間での
途中経過を知りたいから、だけ。

もし1年単位でなく、
3か月単位で、必ず数字上、業績を
伸ばし続けることが出来るならば、

とっくに世界時価総額1位のアップルを抜いています

社員100人、1千人、1万人、10万人、、、の
上場企業が動くのに3か月はあまりに短すぎる。

つまり、
3か月単位で業績の数字を上げ続けようとしたら、
別の企業をM&A(合併・買収)するなど
どこか無理をし続けないといけなくなる。

そして、
当然、無理は続かない。
M&A(合併・買収)の失敗として、
後々、特別損失を発表しなければならなくなる。

もし企業経営の実態を知っていれば、
「3か月単位で業績を上げろ!」など
無謀な要求を経営陣にはしない、はず。

だから、
投【資】家にとって、3か月ごとの決算は
ほとんど参考にならない。

しかも、
百歩譲って、仮に3か月単位の決算発表が
宛になる、、、としたとしても、3か月未満は

その決算発表すらない

であれば、
企業価値は変動しないはずなので、
時価総額も変動しないはず。

にも関わらず、
それでも、1週間や1日単位どころか、
1分単位で株価が変動するのは、

ランダム(不規則)

だから。
株価変動に合理的な理由が何もない。

3か月未満においては
『ランダムウォーク理論』は、
100%、正しいと言える。

すると、
もしかしたら反論が聞こえてくる可能性もある。

すなわち、
たとえ3か月未満だったとしても、、、

・「A:日々のニュースで判断できる」
・「B:チャートで判断できる」

という反論である。
この2つについても検証しておく。

まず、
「A:日々のニュースで判断できる」という反論。

この場合は、
基本中の基本が何も分かっていない。
すなわち、

・ニュースは原因ではなく結果
・ニュースは原因ではなく結果
・ニュースは原因ではなく結果

ニュースが報じられたから
株価が上がったり下がったりするのではない。

逆。

株価が上がったり下がったりした結果に
メディアがニュースとこじ付けている、だけ。

まず、
株価がランダムで変動する。
すると、メディアは、その株価の変動と
関係が【ありそう】なニュースをこじ付ける。

要するに、
ニュースは、原因と結果を表すものではなく、
単に、

同時期に起きた「相関」を表しているだけ。

たとえば、

「水難事故が起きた」という結果があって、
「その原因は?」と探っていたところ、
ちょうど同じ時期に、「アイスクリームの売上が伸びていた」
というニュースがあったら、

「水難事故の原因は、
 アイスクリーム売上が増えていたから」
とこじ付けているのと同じ。

アイスクリームの売上が上がったから
水難事故が起きたわけではない。
本当の原因は別にある。

夏だったから

たとえば、
GPIF(年金法人)のような最も大きなお金を
動かしている組織は、ニュースが出るたびに、
株を売ったり・買ったりはしていないのである。

ニュースは株価変動の結果。
原因ではない。

水難事故とアイスクリームの裏に、
本当の原因:「夏」が存在してたように、
株価の変動要因には、ニュース【以外】の
真の原因がある。

ニュースを参考に株式投資をしている
投【機】家がいるのは事実。

ただ、
本人がニュースを参考にするのは自由でも、
株価変動がランダムではないことの
証明には全くならない。

そして、
もう1つ、、、

「B:チャートで判断できる」
これも、因果関係が逆。

チャートで判断できるから
株価変動が規則正しいのではなく、

株価変動がランダムだからこそチャートを参考にしている

もし、
株価変動がランダムではなく、
規則正しいのであれば、チャートではなく
理論上の法則によって株価予測をしているはず。

しかし、
3か月未満の株価変動は、
100%ランダムだからこそ、

統計結果であるチャートを参考にしている

ランダムだからこそ法則がない。
だから、統計を参考にしている。

チャートが日々の売買の
参考にされていることは確か。

だから、チャートが株価を
動かしている要因の
1つあることも確か。

だったら、
3か月未満の株価変動も、チャートによって
予測が出来る、、、となりそうだが、
残念ながらならない。なぜなら、

チャートを元に動いている巨額のお金は
AI(人工知能)による自動執行だから

つまり
ニュースと同じ。

チャートが「この形だからAI(人工知能)は
買ったのだろう」と【事後】的に推測することは
可能だとしても、

チャートがこの形になったら株価は上がると
【事前】に予測することは出来ない。

たとえば、将棋。
今や、将棋において、
人間よりもAI(人工知能)の方が強い。

だから、
今や、現役の名人でさえ、
「なぜAI(人工知能)は、この手を『最善手』だと
指摘しているのだろう?」と【事後】的に検証している。

つまり、
人間が「最善手」を事前に予測できているのではなく、
AIが予測した「最善手」を【事後】的に検証することしか
出来ていない。

これは、
チャートを判断基準にした株式投資も、全く同じ。

もし
将棋で人間がAI(人工知能)に勝てないのであれば、
チャートでも人間はAI(人工知能)には勝てない。

ウォール街の投資銀行が、
どれほどのAI(人工知能)でチャートを元にした
自動売買を行なっているのかを知れば、
勝負する気すら起こらない。

・「いくらを利益確定額にした方が良いか?」
・「いくらを損切り確定額にした方が良いか?」
・「そもそも何日の移動平均線を採用した方が良いか?」、、、を

大容量のデータから超高速で計算し続けている
AI(人工知能)に対して、人間がチャート分析で
勝負するというのは、文字通り

「竹槍」で「B29」に戦いを挑もうとしているもの

負けるべくして負ける。

つまり、人間が出来るのは、
AI(人工知能)を上回る「最善手」を事前に
発見することではなく、

AI(人工知能)が出した結果から【事後】的に
検証することしか出来ない

だから、
人間にとっては、3か月未満の株価変動は
事前には予測できない世界なのであって、
人間にとっては完全にランダムなのである。

まとめると、
・15年以上の株価変動は、ほぼ100%規則的
・ 5年以上の株価変動も、かなり規則的

なので、
5年以上の株価変動において
『ランダムウォーク理論』は、正しくない。

逆に、
・1年未満の株価変動は、かなり不規則
・3か月未満の株価変動は、ほぼ100%不規則

よって、
1年未満の株価変動において
『ランダムウォーク理論』は、正しい

だから、
>「1年で株価が上がった!」というのは、
たまたま、上がった、ということで、

>「1年で株価が下がった!」というのも
たまたま、下がった、ということ。
どちらにしても、

マグレ

なのである。

だから、
1年未満の短期での刺激が欲しい場合は、
ギャンブルだと割り切って、自己責任で
投【機】に参加すればよいのかもしれない。

しかし、
5年以上の長期で、「企業価値」に注目して
真面目に投【資】をしたい場合は、

『ランダムウォーク理論』は無視で良い

ということです。

 

ランダムウォーク理論とは?

今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。

白坂慎太郎

 

追伸:

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