白坂です、
人は、
リスクと言うと「やる」リスクのことばかり
考える傾向があります。
たとえば、起業。
「起業するか・しないか」を考える時の
リスクは、「起業することのリスク」。
従業員時代の安定収入を失ってしまうリスクとか、
失敗したら生活していけなくなる可能性があるリスクとか、、、
とにかく「起業することのリスク」について考えがち。。。
ただ、
本当に大事なのは「『する』リスクなのか・どうか?」。
もし、「する」リスクについて、そこまで
考えるのであれば、その10分の1でも、
【やらないリスクは?】
を考えた方が
よほど現実的。
もし、
起業しないことにリスクがないのであれば、
起業する必要などない。
ただ、
「起業しないことにリスクがない」というのは
単なる思考放棄。実際は存在しているリスクを
「見ざる」「聞かざる」「言わざる」で
目と耳を塞いでいるだけ。たとえば、
「60歳で定年退職した【後】の人生は?」
その会社一筋40年で働いた場合、
定年退職日は、会社からも家族からも、
祝福されるかもしれない。
ただ、その定年退職日のお祝いの1日が
生きていながらに迎える社会的な生前葬。
今までは会社の信用力で仕事をしていた人が
定年退職をした後は、会社の信用を失う。
社会的な繋がりは退職後1年も経たずに
全て失くなる。
後の10年・20年・30年、、、は
長い・長い余生。社会的な孤独の中で、
年金をもらいながら年金の範囲内で
質素倹約の生活を続けるのみ、、、
そういう、
【やらないリスク】も考えることが大事。
人生における大事な決断をする場合、
「やるリスク」と同じように「やらないリスク」も
同じように考えることが重要。
最も分かりやすいのは、
ガンになった場合。
ガンの専門の先生が、
完治の可能性があるのは手術であるという
説明をしてくださったとする。
当然、
手術をした場合のリスクを医師の先生は説明する。
最悪、手術中に命を落とす可能性があることも
手術前に本人や家族に説明する。
もし、手術をしないことにリスクがないのであれば
手術などしない方が良いに決まっている。
自分の大事な身体にメスを入れて傷をつけながら
わざわざ生命の危機に直面する必要はない。
ただ、
それでも手術という決断をするとしたら、
それは「する」リスクよりも、「しない」リスクの方が
上回っているから。
もし手術をしなければ、この後の推定余命が2年以内で、
逆に、手術に成功すれば完治の可能性があり、その後、
10年・20年、、、と生き続けられるとしたならば、
「する」ことのリスクを承知で、やっぱり【する】という決断になる。
【やらないリスクは?】
人は、ついつい「やる」リスクばかりを気にする。
もちろん、何をやるにしても「やる」ことには
リスクはある。だから、やらないことにリスクが
ないのであれば、やる必要はない。
しかし、
実際は、【やらないことにもリスク】がある。
たとえば、
日本経済で考えた時に、
・日本の総人口が減少し続けていて、
・少子高齢化の中で、
・若者・子どもたちの税や社会保険料負担が
大きくなり続けることが目に見えているのに、
それでも、
「やらない」というのは、もはや論理的な思考を
完全に放棄している。いわゆる「加齢ジリ貧」。
挑戦することに保証はない。リスクはある。
何をやっても必ずリスクはある。
だから、リスクがあるのは当たり前。
問題は、
【やらないリスクは?】
手術は手術中に命を落とす危険性を承知で、
それでも完治を目指し、10年後・20年後・
30年後、、、の自分が過去の自分の決断に
感謝するために行うもの。
「やる」ことのリスクは無意識に誰でも考える。
だから、それ以上に深刻に考える必要はない。
むしろ真剣に考えるべきは、
【やらないリスクは?】
「やる」ことと「やらない」ことで
どちらの方が、より大きなリスクか?
もし、
「やらない」ことにリスクがないなら、
「やる」必要はない。そのまま時間とともに
今までと同じように年を重ねていけばいいだけ。
逆に、
決断し・行動し・挑戦している人も居る、、、
というのであれば、【やらないリスク】のことを
誰よりも真剣に考えているから。
今から10年後・20年後・30年後、、、に
分かりきった未来が実際に到来する前に、
実際に決断する。そして動く。動き始める。
そうすれば、
たとえ、日本全体を変えることは出来なくても、
個人単位・家族単位・会社単位、、、では、
長期的な衰退を逃れることが出来る。
むしろ、リスクを承知で
リターンを全力で獲りに行った分、
想像以上に
遥かに大きな夢実現を体験することが出来ています
今回は以上です。
本日も文章をお読みくださり感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。
白坂慎太郎
追伸:


