大人と子供の境界線【後編】
白坂です、
文章のご確認、感謝しています。
ありがとうございます。
まず、
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さて、
前回の【前編】では、
子供であるうちは子供らしいということが1番大事であり、「やりたい!」と感じたことは全部やって、「なりたい!!」と思ったことは、実際になってみることが大切だというお話をさせていただきました。なぜなら、欲は抑えることでは決して消えず、
欲は満たすことで初めて消えるから
だという説明もさせていただいております。
だから、もし子供の時に「こういうオモチャが欲しい!」と感じたならば、何が何でも、そのオモチャを手に入れてみる。そして、自分の欲求を実際に満たす。
そうすれば、
「こういう車が欲しい!」というのも満たすことができるようになりますし、「こういう家に住みたい!」というのも満たすことができるようになります。同じエネルギーですから。
「こういう車に乗りたい!」という欲求や、「こういう場所に乗りたい!!」という夢など、思いつく限りの夢をかなえていくと、欲が満たされます。
すると、いい意味で飽きてくるわけです。これも、子供がオモチャで遊んで・遊んで・遊んで、、、をやってくると飽きてしまうのと、全く同じエネルギーです。
欲求というのは不足感です。
ある何かが欲しいというのであれば、その欲しい理由はただの1つだけ。自分は十分に持っていると感じていないから。
基準は、他者との比較ではなく、自分の夢との比較です。
たとえば、日本人の平均年収約420万円というのは、世界で言えば25位くらいなので、他の170か国の人たちに比べれば、十分なお金を稼いでいるということになります。
しかし、それは他の170か国と比べた時に十分なのであって、実際、もし自分が平均年収約420万円だったら、十分なお金を稼いでいるとは感じられない人が多いのではないかと思います。やっぱり年収1,000万円くらいは欲しい。
・今は、年収420万円
↓
・だけど、年収1,000万円は欲しい
↓
・だから、580万円の不足感を感じている→【やる気】
で、
もし実際に、「年収1,000万円を稼げるようになったとしたらどうなるでしょうか?」当然ですが、「年収1,000万円になりたい!」という欲求は消えます。なぜなら、もう満たせていますから。
その場合、「年収1,000万円ではなく年収2,000万円になりたい!」という欲求があれば、まだお金を稼ぐということに対して【やる気】を感じられますが、「年収1,000万円あれば、もう十分。満足。」と思ったら、お金を稼ぐことに対しては【やる気】は感じられません。
つまり、
その基準というのは、あくまで本人なりの基準であり、他者との基準ではないということです。本人が不足を感じていれば【やる気】は出てきますが、本人が不足を感じていなければ【やる気】は出てきません。だから、
もし、自分なりに十分に満足していれば【やる気】は出てこない
・「こういう車に乗りたい!」→「実際に乗れた!」→やる気が消える
・「こういう家に住みたい!」→「実際に住めた!」→やる気が消える
・「これくらい稼ぎたい!!」→「実際に稼げた!」→やる気が消える、、、
こうして、
自分なりに満たしたいと感じることを一通り全部満たせるようになると、
個人的なやる気が全部消える
わけです。
この段階まで至ると【精神的】な子供の卒業です。
逆の言い方をすると、ここまでは【精神的】な子供のままの方が実際に到達できます。もちろん、人によって個人差がありますが、一般的には、
年収2,000万円までは【精神的】に子供の方が達成しやすい
よく、「使命」とか「ミッション」とかを探している人がいますが、もし欲しいのがお金だったら、しかも、年収が2,000万円くらいまではぶっちゃけ「使命」も「ミッション」も全然要らないです。逆に、「私は自分の使命が見つかりません」と言っている人は、正直、厳しい。
年収2,000万円までは、「お金持ちになりたい!」だけで、OK
お金持ちになるのは、論理的には簡単ですから。
「売ればいい」のです。
・人が必要としているものを、
・実際に必要としている人に対して、
・「売る」だけ。
もし年収2,000万円まで達成していないとしたら、それは単に「売る」という行動をしていないから
・勉強したり
・異業種交流会に参加したり
・みんなでアイデアを出し合ったり、、、はしているかもしれないけれど、
「売っていない」。売っていないから売上が上がっていないというだけ。
「お金持ちになりたい!」から「売りました!!」で年収2,000万円までは達成できます。
使命とかミッションとか、理念とかが重要になってくるのは、個人ではなく組織でやっていこうとしている時。1人だったら自分の好きなようにやれば良かったとしても、複数の人で一緒に何か大きなことをやろうとした場合は、
共通の判断基準が何らか必要になる
・「『わたしたち』の現状はこういう状況で、
・ 『わたしたち』はこういう状態を共通で目指していて、
・ 『わたしたち』は、いざという時は、こういう共通の価値観で意思決定をしていきましょう!」
要するに、
人をまとめたり、導いたり、みんなと力を合わせて一緒にやっていく段階になると、使命とかミッションとか、理念というの【も】大事になっていくということです。もし何もないと、みんながバラバラで意思決定をしてしまうので、組織がヒッチャカ・メッチャカなってしまうから、です。
しかし、まだ自分1人でやっているというのであれば、ぶっちゃけ使命もミッションは要りません。まして、理念なんて全然必要ありません。「お金持ちになりたい!」から「売っています」で、OKです。
年収2,000万円くらい稼げるようになると、よほどの贅沢をしない限り、ほぼ、実現したいと思っていたことは実現できるようになっています。それこそ、「好きな時に、好きな場所で、好きなことを、好きな方法で、好きなだけやる」ということも出来るようになっているはずです。それで、
とりあえず、自分が満たしたいと思っていたことを実際に満たしてみる
そうすると、かつては憧れだった状態に対しても、いい意味で飽きてくるわけです。
結果、今までは湧き上がって来ていなかった新しい欲求が出てきます。すなわち、
貢献
かつて満たしたいと思っていた状態を1度全部満たしてみると、その欲求が消えます。そして、消えた欲求の代わりに、新しく出てくる欲求が「貢献」です。ここから初めて、綺麗事が本気で取り組みたいことになってくるわけです。
今までは「自分のため」に頑張っていたけれど、これからは「自分のため」に加えて、「世のため」、「人のため」に【も】、頑張っていきたいな、と。
「三方よし」を目指して、人との協力を始めて行く
自分1人で成し遂げられる状態を超えて、もっと大きなものを成し遂げていこうとすれば、人との協力も必要になっていきます。
そして、人と協力していこうとしたならば、精神が子供のままでは不可能です。何でもかんでも自分の思い通りにしたいというワガママでは、相手と良好な関係を築いて行くことは出来ません。「組織化」「投資」そして「子育て」の3つには共通点があります、それは、
気が長い
「子育ての結果というのは、一体、何年後に出るのでしょうか?」
「自分が親としてやっている今の子育ての結果というのは、一体、何年後に出るものなのでしょうか?」早くて、
18年後
いざ子どもが親元を離れて自立していこうとしていく時、「子どもはどんな人間として社会に出て行こうとしているのか?」早くて18年後です。しかし、実際は、
40年後
子どもが40才の時に「どんな1人の人間として社会で活躍し始めているのか?」40年後になると、流石に、「自分が親としての子育てがどのようなものだったのか?」が分かってきます。逆のことを言えば、それくらい経ってみないと、自分の親としての子育ての評価は出来ないということです。
この「子育て」と、「投資」や「組織化」というのは、同じです。すなわち、
気が長い
「今、やっていることは、一体、何年後のための行動なのか?」
少なくても、【精神】が子供のままでは、「子育て」はもちろん、「投資」も「組織化」も決して良い結果を生みません。
自分の思い通りにいかないことが起きるたびに、「ギャー!」「ギャー!」と感情を爆発させていたら、誰とも力を合わせることが出来ません。協力できません。「他人も、結果も、自分の思い通りにいかない」。
自分にできるのは、相手を思い通りに動かすことでもなければ、毎回・毎回、自分の思い通りの結果を得続けることでもありません。できることは、ただ、
「今、この時・この瞬間、最善の『行動』は何か?」
を判断し続けるだけ。
もし「今、この時・この瞬間、自分が最善だと考える『行動』を取っている」ということを実際にしているとしたら、たとえ相手が全然自分の思い通りに動いてくれていなかったとしても、たとえ結果が全く望んだものではなかったとしても、
結果を素直に受け止めて、目標達成に対して前向きに解釈する
【精神】が子供のままでも、子供として満たしたい欲求は満たすことが出来ます。いい車に乗れるでしょうし、いい家に住めるでしょう。「やりたい」と感じたことをとりあえず、全部、実際に「やる」こともできるでしょう。だから、【精神】が子供の時は子供として全力で生きて、そして、実際に満たすべきものを全部満たす。
そして、
いざ個人的な欲求を満たすことが出来たならば、今度は、1人の個人としてはどうしても満たすことが出来ない、もっと大きな社会的な課題に挑戦します。その挑戦は決して義務ではありません。挑戦したいから挑戦するわけです。
そして、解決しようとしている課題が大きければ・大きいほど、必要な人の協力も大きくなっていきます。そして、その協力を得る人が多ければ・多いほど、当然に、思い通りにいかないことも増えていきます。その時に、どれだけ
「気が長く待つことができるか?」
つまり、
本当に大きなことを成し遂げていくためには、
【自分は最速で動くけれど、結果に関してはとても気長に待つ】
という矛盾を両立していく必要が出てきます。
もし年収2,000万円くらいは自分1人でも稼げるようになっている人であれば、「自分が最速で動く」は出来るようになっていることでしょう。だから、「【精神】がどれだけ大人なのか?」ということは、
「結果が出るのをどれだけ気長に待てるか?」
に、かかってきます。
・育てたいのが、もやしなら1日待てば出来るかもしれません。
・育てたいのが、お米ならば1年待てば出来るかもしれません。
ただ、
・育てたいのが、桃や栗だったら3年待つ必要があるかもしれませんし、
・育てたいのが、柿だったら
8年
待つ必要があるかもしれません。
何れにしても、
【自分は最速で動くけれど、結果に関してはとても気長に待つ】
この矛盾の幅を大きく出来れば・出来るほど、その人は【精神的】に大人であると言えます。
・今日のために今日行動している人よりは、1年後のために今日行動している人の方が【精神的】に大人です。
・1年後のために今日行動している人よりは、8年後のために今日行動している人の方が【精神的】に大人です。
もし、【精神】が大人であれば・あるほど、より長い時間を待つことが出来るようになります。結果、より大きな時間の味方がつきます。人生や経営に「複利」の魔法が働き始めます。そして、
想像をはるかに超えた大きな成功を収めることができています
貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。
ありがとうございます。
それでは、また。
白坂慎太郎
追伸:
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