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ギャップに驚かなくなる【伏見ひふみ】

伏見ひふみ

 ギャップに驚かなくなる こんにちは、伏見です。 文章をご確認下さいまして感謝しています。 ありがとうございます。   ただ今、メルマガ登録特典として、私が作りましたレポートを無料でプレゼントしています。 もし、そのレポートが欲しいというご要望がありましたら、ご興味がございましたら、是非、メルマガ登録をしていただけると嬉しいです。   メルマガ特典、無料プレゼント! → 本当の自分とは?   ということで、 今回は【ギャップに驚かなくなる】というテーマで書きます。   ギャップと聞くと、良いイメージが浮かびますか?悪いイメージが浮かびますか? ギャップとは、大きな違い、食い違い、という意味だと辞書では書いてありますが、   物事には全て、良い面と悪い面の両面がありますよね。   光と影であったり成功と失敗、表と裏、成長と衰退というように、どちらが善くてどちらが悪いということではないのですが、やはり物事は良い面と悪い面の両面の一体であって、どちらも本当のことで、どちらかだけでは成り立たないと私は思っているのですが   でも、私たちが誰かから学べるのは、基本的には片面だけになりがちで 表だけとか、光だけとか、成功だけになりやすいんだそうです。   それは何故かというと、正直に全てを言ってしまえばカッコ悪いく映りますし、裏や影とか失敗などは、誰もいいたくないのが本音で、誰だって皆んな、好かれたいし、かっこよくみられたいし、いい人だと思われたいし、それは自然な心理の状態ですよね。   とかいう私ももちろん、人によく思われたいと思ってしまうのですが、誰にも言えない本音はどんな人にもあって、100%の自分を見せることってなかなかできないと思うんです。   でも、裏とか影とか失敗の部分ってものすごく重要だったりするんですよね。   そして、私が親なので気を付けなければならないのですが 教える相手の年齢が低ければ低いほど、例えば、大人が子供に何かを伝えるときは良く見える一面ばかりを伝えてしまいがちで 裏とか影とか失敗は、あまり伝えられないと思うんです。   でも、物事は良い面と悪い面で合わせて1つだと思いますので、子供たちは成長するにしたがって、教えてきてもらったことを信じていたけど途中で「あれ?何か違うんじゃ無いかな?」という風に、矛盾を感じ始めるのではないかと思うんですね。   無意識に、綺麗な片面だけを強調してしまうような教育をしてしまうと、極端な思考になりやすくなってしまうんじゃないかと思っていて   「これが絶対に正しい!」と盲信してしまいやすくなってしまって、それが裏切られたら、「それは絶対に間違っている」と感じてしまうと思うんです。   そもそもが、一つの物事に、両面があるとは考えられずに、どちらかが正しいはずと考えてしまいがちになってしまうのではないかと思うんですよね。   とか言う私が偉そうなことは言えないですし、私も頑固ですので、両面があると理解しつつも、完璧に物事の両面を見れてはいないのですが、できるだけ両面を見ようとは努力をしているのですが・・   例えば、宗教と聞けば、盲信するか、怪しく思うかのどちらかだったり、 お金と聞けば、盲信するか、憎しみを抱くかのどちらになってしまいがちになったり   こんな感じで、極端になりがちだと思うんです。   かえると聞けば、気持ち悪いと言う人もいれば、可愛いという人もいて、包丁と聞けば、包丁は料理に使うと言う人もいれば、包丁を殺人に使う人もいたり、銃は、身を守るために使うという人もいれば、そうじゃない人もいて、包丁とか銃が悪いのかというとそうではなくて、それを使う人の考え方の問題だと思うんです。   宗教もお金も投資も、それを良くも悪くも使うそれぞれの人がいるという、人の考え方の問題だと思うんです。   情報とか知識は、1度定着してしまったら、消去することが難しいっていう特徴がありますので、良くも悪くも、1度「これはこう」という1つの定着したブランドのようになってしまうと、その後もかなり強く記憶に残ってしまうんですよね   日本といえば、侍とお寿司とか想像されますし、 私の住む静岡といえば、お茶とみかんとかが言われたりしますが、   これは間違ってないと思うのですが、それだけじゃないというのも、そこに住んでいる人からすると簡単に分かることでも、人に1度ついたイメージって簡単には変えられないんですよね。   仕事でも、人付き合いでも、なんでも同じことが言えるのではないかと私は思っていて、あまりに盲信してしまうと、冷静な判断ができずにこんなはずではなかったと、後悔したり失敗してしまったりすることもあるのではないかと思うんです。   失敗は避けては通れないものだとも思っていますし、挑戦するから失敗をするし、失敗のない成功もまた無いですし、胸を張って挑戦していきたいのですが、   でも出来るだけ、失敗や後悔を少なくするためにはどうしたら良いのかと考えた時に、あまり語られることのない、もう半分の情報も取り入れていくという意識が必要ではないかと感じています。   自分が習ってきたことは、正しいけれど、それはあくまでも半分で、もう半分を知ることができて、そして自分のその時の直感を信じて行動が出来れば、小さなことから大きなことまでいろいろな人生の選択肢の中で、適切な判断ができるのではないかと思いますし、両面の理解に努められたら、どんどん、次へ次へと、強く自分をもってチャレンジが出来て、失敗も比較的小さくできるのでは無いかなと思っています。   私がそうなのですが、自分の失敗を好きで語らないと思いますし、成功していたとしても、そのためにしたかっこ悪い、泥臭いような一面は隠したくなると思うんです。   なので、私はまだ成功者でもなんでもありませんが、挑戦し続ける身として、情報を発信する身として、表や光だけを語りたい気持ちもありますが、それだとやはり半分の面だけになってしまうので、自分のカッコ悪い部分や失敗なんかも、できるだけ包み隠さずに両面を発信をしていきたいと思っています。   ですので、「自分が知っているのは、もしかしたら片面だけなのかも?」 というアンテナを立てられる、ほんのちょっとそう思えるキッカケになることができましたらうれしいです。   そして、思っていたのと違うというギャップに驚くことなく、こんなはずじゃなかったということに少しでもならなくなるように、一緒に挑戦をしていけたらと思っています。   私がまだまだなのですが、ご縁ある目の前の皆様と一緒にどんどん高みを目指していきたいなと思っています。   今回のお話がなんらかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。   貴重なお時間の中で文章をご覧いただきまして、本当に感謝しています。 ありがとうございました!    ギャップに驚かなくなる     追伸です。 ただ今、メルマガ登録特典として、私が作りましたレポートを無料でプレゼントしています。 ご興味がございましたら、是非、メルマガ登録していただけると嬉しいです。   メルマガ特典、無料プレゼント! → 本当の自分とは?   最後の最後まで、動画の方ご覧下さいまして感謝しています。 ありがとうございます。   それでは、また。 伏見ひふみ続きを読む

未来を選ぶ

経営

 白坂です、 文章のご確認、感謝しています。ありがとうございます。 まず、 4つの無料プレゼント中!→ ホームページ制作の前に!! さて、 とても有名な絵があります。いわゆる『若い女性と老婆』の絵です。  ・若い女性を見ようと思えば若い女性を見ることができます。・老婆を見ようと思えば老婆を見ることができます。 しかし、両方を同時に見ることはできません。片方ずつ見ることはできますが、両方を同時に見ることはできません。この知識が教えてくれることは  人は「見ようとしているものを見る」  ということです。『若い女性と老婆』の絵と同じように、 ・過去を思い出そうと思えば過去を思い出します・未来に機会を見つけようと思えば未来に機会を見つけますそして、「人は過去を思い出し」ながら「未来に機会を見つけ出す」ということを同時にすることはできません。なので、  未来を選ぶ  人は最初、生まれたばかりの頃は過去ではなく未来を選んでいます。理由は簡単で、過去の記憶がないからです。たとえば、脳の中で記憶が入る容量を100あるとしたら、最初は空っぽです。だから外からの情報が自然にどんどん入ってきます。 ところが、年齢を重ねて、いろいろな体験をすれば・するほど、記憶が増えていきます。要するに脳の中にある記憶が入る容量がどんどん記憶で埋まっていってしまうわけです。そうすると、過去を思い出す機会も増えてきます。脳に記憶が入っていなければ記憶を思い返す機会はありませんが、逆に、脳に記憶がたくさん入っていれば・いるほど、記憶が蘇ってくるわけです。そして、  人は過去を思い返しながら同時に未来に機会を見つけ出すことはできない  焦点が過去に当たりながら未来を見ることはできません。それは、老婆を見ながら同時に若い女性が見えないというのと全く同じです。過去を懐かしんだり過去を美化している間は、未来の無限の可能性が見えないのです。だから、  未来を選ぶ  過去と未来の両方を同時に見ることはできません。過去を見ているときは過去を見ています。未来を見ているときは未来を見ています。もし選ぶのであれば、過去か未来のどちらか一方だけです。もし未来を選ぼうとするならば、  過去を捨てていく  たとえば、断捨離は人生を変えるための方法の1つです。なぜなら、家に存在している物は過去を思い出させる道具になっているからです。「これはあの時に買ったもので」「あれはあの人にもらったもので」、、、と物には過去を思い返す記憶が付着しています。人は過去を思い出しながら未来を想像することはできませんので、家が物であふれかえっていれば・いるほど、その人は過去とともに生きることになります。なので、  過去を捨てながら未来を選ぶ  持っているものが多ければ・多いほど、その持っているものを守ろうとします。守りを意識しているときは、変化を脅威と感じます。過去を実際以上に美化し、未来を不安に感じます。理由は簡単です。持っているからです。もし何も持っていないのであれば守るものはありません。攻めるしかありません。そうすると、  未来はいつも明るいという真実を実感できる  過去に比べて未来はいつも明るいです。・500年前までは親兄弟同士で殺し合いをしていました。・150年前までは日本人同士で殺し合いをしていました。・ 75年前までは日本人はアメリカ人と殺し合いをしていました。 今は、殺し合いはしていません。犯罪統計の数字を見ても、殺人や強盗などの重犯罪の件数は着実に減っています。それどころか、家があって、家具があって、便利な家電があって、、、わたしたちは歴史上で最も快適な人生を生きることができています。今が1番良い社会です。であれば、当然、  未来はもっと良くなっている方が当たり前  どんな人も成功したいと思っていて、どんな人も幸せになりたいと思っていて、その人たちが去年より今年、昨日より今日と常に良くなり続けようと一生懸命に努力し続けているのですから、今よりも未来の方がさらに良くなっている方が当たり前。 その当たり前が当たり前に感じられないとしたら、過去を実態以上に美化してしまっているから。今までに手に入れたものをギューっと握りしめて、守ることに意識が向かっているから。今持っているものを一生懸命に守ろう・守ろうとしているから、変化を脅威だと感じているだけ。 守る必要はないのです。なぜなら、元々は持っていないかったのですから。もし未来でもどうしても必要だということであれば、また手に入れればいいだけ、です。人は、過去を思い浮かべながら未来に機会を見出すことはできません。「未来はいつも明るい」という当たり前を当たり前に実現させるためには、過去に執着することなく、良くなり続ける時代の流れに乗り続けること。過去を潔く捨てながら、  未来を選ぶ  はっきりさせればいいだけ。過去は要らない。その時・その瞬間に一生懸命に生きたというだけで十分。欲しいのは過去の美化された記憶ではなく、これからさらに無限に良くなり続けるであろう未来の可能性。もし、今のわたしたちが歴史上で最も自由で快適な時代を生きているのであれば、未来はさらに自由で快適な時代を生きることができています。結果として、今のわたしたちの想像をはるかに超える  非常識なほどの成功を収めることができています  貴重な時間にて文章をお読みくださり感謝しています。ありがとうございます。それでは、また。 白坂慎太郎 追伸:4つの無料プレゼント中!→ ホームページ制作の前に!!  続きを読む