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「なぜ?」を問う【伏見ひふみ】

伏見ひふみ

 「なぜ?」を問う   伏見です 文章をご確認下さいまして、感謝しています。 ありがとうございます。     「なぜ?」を問うという事が、毎日の仕事であったり、ママだったら家事とか育児であったりにおいて、自分の抱えた問題を解消できる非常に大切な問いだなと感じています。 私が今、子育て真っ只中なので、私のことになってしまうのですが、ママって本当に大変だと感じています。 家の掃除から洗濯物、料理、買い物、献立決めなど食事関係がすべて自分一人でやらなくてはならなくて、でも 家事と育児との両立をしていて、子供のお世話に時間がとられてしまうと家事が全くできない。 こんなことは日常的にあって、「もっと自分がしっかりしなくちゃ」とか「しっかり子育てをしなきゃ」という思いだったり責任感がいつの間にか自分を追い詰めて、自分を苦しめてしまう事ってあると思うんです。   ママに限らなくても、始めたばかりの仕事であったり、友達関係であったりコミュニケーションであったり、上手くいかない…という悩みは多くの方が抱えているのではないかと思っています。   自分の理想通りにいかない現実を、考えれば考えるほどに、より深みにはまってしまって落ち込んでしまったり自分を責めてしまうことってあると思うんです。 今、少し無理をしているなと自分が感じているのであれば、もっと肩の力を抜いて、穏やかに生活したいと思いますよね。   私たちが学校の英語習った、5W1H Who(だれが)When(いつ)、Where(どこで)、What(なにを)、Why(なぜ)、How(どのように) という問いは、ビジネスの基本だと教えてもらっていると思います。私もそう教えてもらってきました。 私たちは、家事であったり育児であったり仕事をしている時に、どうやってやればいいの?何をすればいいの?という やり方、やる事、つまり、whatとhowの方をほとんどの人が、もちろん私もなんですけど、考える傾向があるそうなんです。   しかし、なぜ?why?は、言葉の表面上だけではなく、その言葉の奥にある、物事の本質を突く根本をはっきり自分の腑に落とす事ができる問いであったんだなと、今すごく自分が感じています。   御師匠さんの修行でも、御師匠さんがわざと、お弟子さんに訳のわからない質問をする事があるそうなんですが、お弟子さんは、御師匠さんがした質問に何も考えずに答えてはいけなくて、その先にあるもの、御師匠さんの質問の目的はなんなのか?という、「なぜ?」というところを考えるようにさせているそうなんです。   whatとhowあるいはwhoも、どれも大事だと思うんです。でもそれは、どれも大事であっても1番大事ではなくて、上手くいかない物事の本質の手前にある問いであって、自分の悩みの元である、とても大きな全体の方向性であったり、結果を左右するのは、whatでもなく、whoでもなく、whyなぜ?という事だったんだなと改めて感じています。   慣れない生活であったり、初めての仕事であったり、人生には思うようにいかない事っていうのは、何がどういけなかったのか?というのを自分で考え反省したりすると思うんです。   やり方に問題があったのか?話し方に問題があったのか?それとも話した内容に問題があったのか? いろんなところを自分で分析して、そして反省するんだと思いますが、それより大前提として、例えばママだったら、なぜ、ご飯を作らなければならないのか?なぜ、家を綺麗にしようとしているのか?仕事だったら、なぜこれをやってくださいと言われているのか?   手順であったりやり方ではなくて、いつも、「なぜ?」という物事の本質に目を向ける問いに戻ることによって、その次に出てくる問いである「だれが?」「いつ?」「どうやって?」というのがハッキリと見えてくるそうです。私も自分の経験も含め、上手くいかない物事の「なぜ?」を追求したら、その後のいろんな問いが解消されました。   なので、自分はどういう働きをしなければならないのか?というのは「なぜ?」を問うことによって見えてくるんだという事を自分で理解しました。 物事には必ず「理由」があって、例えば会社っていうのは、最終的に到達したい・上達したい目的がありますよね。 会社の創業社長が一気に飛び越えてその夢実現は成り得ない。一人では難しい。という事で、それならばチームを作って誰がどういうことをどういう風にやってください。という段階を用意すると思います。 このようにして、夢目標に到達するまでの仕事が決まってきます。最終的に、私は何をどうやったらいいのか?という問いは、逆算することによって出てくるんだなと実感しました。   周りを見ると、自分が悩んでいることに対して、上手くいっているかのように見える人たちがいる様に思う事があると思います。私がそう思ってしまったりしていたんですけど、 みんな、普通なように見えて、各家庭、人には人の悩みというのが大なり小なりたくさんあって、その中でみんな生きているんだなぁと、私が友達と話していたり、親族、身内などと話していてつくづく思ってきました。   誰かと話をする時、仕事をするとき、行き詰まったりやりづらさを感じたら、いつも、なぜ?これをやってるんだろう?という事を自分に問いをしてみてほしいです。   そしてもし、その問いの答えが自分で出てこなかったら上司に聞いてみるのも一つの手段だと思います。世の中にはいろんな上司がいますから、その方が自分が納得するくらいに丁寧に答えてくれるかというのは私には分かりかねてしまうのですが、「なぜ、これをやるべきなのか?」という問いは、自分の悩みを解消してくれる魔法の問いの様に私は思っています。     経営の神様と呼ばれる松下幸之助さんの格言で、こんな言葉があります。   『「なぜ」と問う』 "子どもの心は素直である。だからわかぬことがあればすぐに問う。”なぜ、なぜ”と。    子どもは一生懸命である。熱心である。だから与えられた答えを、自分でも懸命に考える。考えて納得がゆかなければ、どこまでも問い返す。”なぜ、なぜ”と。    子どもの心には私心がない。とらわれがない。いいものはいいし、悪いものは悪い。だから思わぬ物事の本質をつくことがしばしばある。 子どもはこうして成長する。”なぜ”と問うて、それを教えられて、その教えを素直に自分で考えて、さらに”なぜ”と問い返して、そして日一日と成長してゆくのである。   おとなもまた同じである。日に新たであるためには、いつも”なぜ”と問わねばならぬ。   そしてその答えを、自分でも考え、また他にも教えを求める。 素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば、“なぜ”と問うタネは随処にある。それを見失って、きょうはきのうのごとく、あすもきょうのごとく、十年一日のごとき形式に堕したとき、その人の進歩は止まる。社会の進歩も止まる。    繁栄は”なぜ”と問うところから生まれてくるのである。"   以上が、松下幸之助さんの言葉です。   仕事を上手にこなしたかったり、うまくコミュニケーションをとりたかったり、いつも何かで失敗してしまうのならば、なにを、どうやって?という問いではなくて、いつもその先にあるものであり、本質である「なぜ?」を追求する事で、より良い結果を出す事ができるんだと思っています。   というお話です。  「なぜ?」を問う   今回のお話が、何らかあなたのお役に立てたということであれば嬉しいです。   貴重なお時間の中で最後まで文章をご覧下さいまして、本当に感謝しています。 ありがとうございました。 それでは 、また。 伏見ひふみ  続きを読む